ESJ56 宮地賞受賞記念講演 2
西川 潮 (国立環境研究所環境リスク研究センター)
一般に、生態系から消失(加入)することにより、生態系の構造や機能が大きく変化する、生態影響の高い生物はキーストーン種と呼ばれる。古くは、高次捕食者であるヒトデが、潮間帯の群集構造の維持形成に不可欠であることからキーストーン捕食者と呼ばれ、近年は、捕食者のみならず、生産者や分解者、生態系エンジニア(注1)などにもキーストーン種の概念が適用されている。しかしながら、ある環境下でキーストーン種となる生物であっても、他の環境では、固有の役割を持たない、群集構成メンバーの一員に過ぎなくなることもある。生態系には、その消失に伴い機能的役割が他生物によって置き換わる生物と置き換わらない(固有な)生物とが存在するため、キーストーン種を判別する上では、生態影響の強さだけでなく、その系における機能的役割の固有性も重要なポイントとなる。
雑食動物や生態系エンジニアは、直接効果や間接効果を通じて、複数の栄養段階に正または負の影響を与えるため、群集内に同等の役割を担う生物が少なく、それ故、機能的役割の固有性が高いことが想定される。演者は、ザリガニ類が雑食ならびに生態系エンジニアとしての役割を併せ持つ点に着目し、在来ザリガニが淡水生態系におけるキーストーン種であることを仮説とした実証研究を行った。ニュージーランドの河川において、在来ザリガニのリーフパックへのアクセスを実験的に操作した結果、落葉分解の面で、在来ザリガニが主要な役割を担うことが明らかになった。また、在来ザリガニは、捕食や生物攪拌(注2)、間接効果を通じて食物網の維持形成面で主要な役割を担うことが示され、マルチ空間スケールの解析から、これらの直接・間接効果は様々な局所スケールにおいて作用していることが示された。
日本では、外来ザリガニの侵入や森林伐採などの影響を受け、わが国唯一の在来ザリガニ(ニホンザリガニ)が駆逐されている。現在、様々な時空間スケールで、外来ザリガニの侵入やニホンザリガニの消失に伴う淡水生態系の構造や機能の変化を検証している。また、これらの保全・管理対策を念頭に置き、遺伝子から生態系レベルにいたる保全生態学的研究も展開している。時間が許す限り、これらの概要も紹介したい。