ESJ56 大島賞受賞記念講演 1
綿貫豊(北海道大学水産科学研究院)
季節性のある中緯度地帯において、気候変化が各栄養段階のフェノロジーにそれぞれ異なる影響を与えることは、特に変温動物や植物ではありそうだ。恒温性の捕食者はその繁殖時期を餌の利用可能性のピークの時期に一致させようとするかもしれないが、自由に対応できるとは思えない。そのため、フェノロジーのマッチ・ミスマッチは気候変化が生態系に影響するメカニズムの一つとして意外と重要であるかもしれない(Stenseth & Mysterud 2002 PNAS)。
私たちは20年ほど北海道日本海側にある天売島に繁殖する海鳥の繁殖と餌のモニタリングを行ってきた。そのなかで、ウトウの繁殖時期と餌のスイッチングのタイミングおよび雛の成鳥の年変化を分析したところ、ふたつの異なる気象要因が関わっていることがわかった(Watanuki, Ito, Deguchi, Monobe (submitted))。ウトウは繁殖地の春の気温が低いと繁殖をおくらせ、表面海水温13℃の北限がウトウの最大採食レンジの南端に達した時にカタクチイワシに餌を切り替えた。カタクチイワシはエネルギー価が高く、その餌中の比率が大きい年には雛の成長速度が大きかった。したがって、春の気温が高く対馬暖流の北上が遅かった年には雛の成長速度が小さかった。さらに、春の気温には北極および北ユーラシアの春の気圧が、対馬暖流の勢力には北西太平洋の気圧がそれぞれ影響していた。そのため、大スケールでの気圧変化が地域的な海洋生態系の異なる栄養段階の間でのマッチ・ミスマッチを引き起こすメカニズムとして重要であることが示唆される。一方で、太平洋各地におけるウトウの餌魚種は異なり、そのため海水温の年変化がそれらに与える影響も異なっていた(Thayer et al. 2008 Can.J Fish. Aquatic Sci.) 。当然のことながら、大スケールでの気圧変化がもたらす地域的効果はさまざまだろう。
明確な仮説のない退屈な海鳥のモニタリングから、このささやかな科学的発見がもたらされたことは我々にとって幸運だった。気候変動への生態系の応答を解析するにはモニタリングが不可欠である。労少なく集められてなおかつ科学的疑問に答えられる変数を探す作業が必要である。