ESJ57 一般講演(口頭発表) C2-07
沖津 進(千葉大・院・園芸)
本研究プロジェクトでは,本州中部日本海側山地において,高山・亜高山域での最終氷期以降の植物群と環境の変遷史を,大型植物化石の解析を中心として,湿潤多雪環境の推移および植物群の挙動に焦点を当てて,固有性の高い植物群落の形成過程を明らかにする.「乾燥気候が卓越した最終氷期時にも,より湿潤な気候下に分布するベーリング要素植物群が,地形的なすみわけを通じて共存分布していた」との,全く新しい植物群・環境変遷史を提示することを目的としている.これまでに,最終氷期最寒冷期においても,ナラ類,エゴノキ,オニグルミ,キハダなどの温帯性落葉広葉樹大型植物化石が東北地方南部から産出しており,種の分布だけに見れば現在とそれほど変わらないことが示されてきている.現時点での展望として,最終氷期は厳しい環境を反映して細かな地形分布が生じた.森林限界付近では谷部に氷河が発達し,谷部から谷壁斜面にかけては積雪量が多く,ベーリング要素であるダケカンバとオオシラビソが棲み分け,林床にはベニバナイチゴなどの湿潤性植物群が生育していた.森林限界上部では東シベリア要素のハイマツや周北極要素コケスギランが分断されながらも分布していた.尾根部は風衝作用が強く,周北極要素主体の乾性植物がまばらに分布し,風下側では雪の吹き溜まりにベーリング要素主体の雪田植生が成立していた. 現在の植物群の分布は,多雪化の影響で,谷部と尾根部の違いが明瞭なって成立した.その結果,海洋性気候下のベーリング要素と東アジア要素,周北極要素が重なる形となり,日本固有の植物群が成立した.この展望を具体化するために最も必要なものは,最終氷期最寒冷期の大型植物化石堆積物であるが,今のところ,あまり例がなく,地点を地理的に広げることで克服可能な見通しである.