ESJ58 一般講演(口頭発表) E1-09
*富永光(筑波大・院・生命環境科学),藤岡正博(筑波大・農技センタ-)
ある動物個体に何らかの危険が接近してきたとき,その個体にとって「残留すること」と「逃げ去ること」の間にはトレ-ドオフが生じる.したがって,動物は迫る危険からの逃避を開始する距離(FID)を最適化することが知られており,それには自分を取り巻く他個体や環境条件,過去の経験などが影響しうる.カワウPhalacrocorax carboは内水面漁業における害鳥であり,各地で有害捕獲やロケット花火による追い払いなどの防除活動が行われている.
防除の規模や実施時期が異なる関東地方4県の河川でカワウの人に対する警戒性を評価するためにFIDを2008年に調べたところ,捕殺の有無に関わらず,カワウは防除活動をリスクと認識していることが明らかになった.しかし,同じ県内でも警戒性には空間的な差異がみられた.そこで2009年には,河川や漁協ごとに被害防除対策や人口密度の変異が大きい群馬県において,集中的な防除活動期(4月中旬)の前後にFIDを測定し,最大6つの要因を説明変数とするGLMで分析した.
防除前には河川タイプとFIDに有意な関係はなかったが,防除後には郊外の河川ではFIDが有意に増大したのに対し,都市部の河川では変化がなかった.防除は全調査河川で実施されたことから,郊外と都市部では防除を経験したカワウの警戒性や逃避行動が異なっていたと考えられる.カワウにとって無害な人が多く利用する都市部の河川では,その存在や接近に対する逃避行動はなるべく避けるべきだろう.したがって,カワウは河川の様相に関する事前情報をもとに,人に対して回避的にふるまうか否かを意思決定しているのかもしれない.この仮説は,いずれも銃器による捕殺が行われた2008年度の神奈川県(都市部)と栃木県(郊外)でみられた差異も矛盾なく説明できる.