ESJ58 一般講演(口頭発表) I2-09
平田里枝子,福岡恵子,大石理子,加藤禎孝,*佐藤宏明(奈良女大・理)
イラクサUrtica thunbergianaは,草食哺乳類に対し防御の役割を果たすと考えられる毒液を含んだ刺毛を茎や葉柄,葉面にそなえる.特に奈良公園のイラクサは他地域より数十倍-数百倍の刺毛密度を示すことで注目に値する.この極度に高い刺毛密度は,奈良公園では1200年に渡り数百頭以上のシカが神鹿として保護されてきたことから,シカに対する防御として自然淘汰によって進化した形質であると考えられる.実際Kato et al. (2008)は,(1)奈良公園のイラクサと他地域のイラクサを奈良公園に移植し,シカの採食にさらしたところ,奈良公園のイラクサは被食を受けにくく,生存率も高かったこと,(2)奈良公園を含む4集団のイラクサを種子から栽培したところ,野外と同様の刺毛密度の違いを示し,刺毛密度は遺伝的支配を受けていると思われること,からこの仮説を支持した.
本研究では,奈良公園のイラクサにおいて刺毛以外の遺伝的特徴を明らかにすることを目的として,奈良公園と,シカの分布が確認されていない高取城址から採取した芽生えを栽培し,形質を比較したところ,次の結果を得た:奈良公園のイラクサは,(1)主茎の節数は同じであったが,分枝数は有意に多かった;(2)根元から伸びる茎数が有意に多かった;(3)葉面積が有意に小さかった;(4)開花が1箇月ほど早かった.さらに,花が咲き始めると,それ以降に展開する葉は小さくなり,刺毛数は減る傾向があった.これらの結果は,奈良公園のイラクサは,(1)シュ-ト数を増やすと共に葉を小さくすることで,株当たりの葉数を増やし,防御効果を上げていること,(2)被食を受けることを想定し,開花を早めていること,(3)刺毛にはコストがかかり,花との間にトレ-ドオフの関係があること,を示唆している思われる.