ESJ58 一般講演(ポスタ-発表) P2-245
川本真夕子(奈良女子大学),*和田恵次(奈良女子大学),鎌田磨人(徳島大学)
沿岸性のカニ類では、種内で繁殖期が緯度により異なる例が知られている。それは、繁殖期が温帯域の集団では温暖期にあるのに対し、亜熱帯域の集団では寒冷期にあるという特徴である。日本の北海道から沖縄までの河川汽水域に限定的に分布するムツハアリアケガニ科のアリアケモドキDeiratonotus cristatusでは、温帯域の和歌山県富田川と徳島県勝浦川の集団の間で、繁殖期が前者では春から夏にあるのに対して、後者では冬から春にあるという違いが見出された。一方亜熱帯域の奄美大島住用川の集団では、徳島県と同じように冬期に繁殖期がくることが明らかとなった。即ち、アリアケモドキでは、同じ温帯域でも、亜熱帯域と同じように寒冷期に繁殖期をもつ集団と、反対に温暖期に繁殖期をもつ集団が存在するという繁殖特性の種内変異が明らかとなった。
北海道から奄美大島までの13地域の本種集団について、mtDNAのCOI領域の変異を解析したところ、和歌山県の集団は、岩手県から高知県までの太平洋岸の集団で構成されるクレ-ドに入り、徳島県の集団は、北海道から九州北西岸・瀬戸内海の集団で構成される別のクレ-ドに入ること、そして奄美大島の集団は、以上2つのクレ-ドとは異なる第三のクレ-ドを、主として構成することが示された。遺伝的に大きく異なるこれら3つの地域集団は、甲幅・甲長比、甲幅・はさみ脚長比、雄の第一復肢形状においても相違することが見出された。しかしこれらの形態形質は、3つの地域集団を識別する標徴形質にはなりえず、3クレ-ド間の遺伝的距離の大きさにもかかわらず、これら3地域集団を別種として扱うことはできない。同じ温帯域で、かつ互いにわずか100 km程度しか離れていない和歌山と徳島の集団の間での繁殖特性の違いは、種内の系統的な相違に基づいているものと理解できる。