ESJ58 一般講演(ポスタ-発表) P3-131
*山本京祐,新井博之,石井正治,五十嵐泰夫(東大院・農生科)
多くの好気性微生物は静置環境において気液界面に移動・局在し、菌膜(pellicle)を形成する。気液界面に細胞を保持することで酸素獲得が容易になるため、pellicle形成は生育に有利なニッチを獲得するための手段であると考えられている。静置系は不均一環境のモデルとしてもしばしば用いられ、系内に好気・嫌気両ニッチが共存することは珍しくないが、これまでの研究の多くは好気生育個体群のみに注目したものであった。そこで本研究では、嫌気生育も可能な通性好気性細菌Pseudomonas aeruginosa PAO1株を用いたモデル実験系により、嫌気生育個体群との相互作用を含めてpellicle形成の適応効果を評価した。
トランスクリプト-ム解析などの結果から、pellicle細胞は好気的だが鉄欠乏状態であり、嫌気生育個体群との鉄を巡る競合によってpellicle形成は抑制されることが示された。Pellicle形成能の低い細胞外多糖(EPS)非産生変異株(EPS?)と野生株との競合実験によってpellicle形成能の適応効果を評価した結果、好気生育のみ可能な栄養条件においては、振盪条件ではEPS?の相対適応度は1をわずかに上回るが、静置条件では0.4程度まで低下した。このことから、EPS産生には一定の代謝的コストがかかるが、静置条件ではpellicle形成によって気液界面に局在することの利益がそれを上回ると考えられた。嫌気生育個体群の存在はpellicle形成を抑制するため、その適応効果を弱めると予想されたが、嫌気生育も可能な栄養条件でも静置環境でのEPS?の相対適応度は低いままであった。このように、pellicle形成は酸素‐鉄獲得間のトレ-ドオフのために嫌気生育個体群の存在に大きく影響を受けるものの、静置環境において強い適応的優位性をもたらすことが示された。