ESJ58 一般講演(ポスタ-発表) P3-155
*北野伸雄,馬場成実,上野高敏(九大院・生防研)
一部の昆虫では,産卵基質にマ-キング物質を施すことで産卵済みであることを示し,自身や同種/異種他個体による重複産卵を防ぐ.一方,このマ-キング物質を天敵がカイロモンとして利用する結果,子の捕食リスクが増大する例も知られている.このようなトレ-ドオフがあるために,ミバエの一種では,天敵の多い個体群ではマ-キングをしない個体が多く,逆に天敵の少ない個体群ではマ-キングをする個体が多いという,表現型に多型が見られることが報告されている.しかし,捕食リスクは同じ個体群内においても時空間的に常に変動するものであり,表現型多型だけでは子の生存に関わるトレ-ドオフの解消について十分に説明できないだろう.むしろ個体レベルでの行動的可塑性を有する方が適応的ではなかろうか.
本研究ではチャバネアオカメムシの卵寄生蜂Trissolcus nigripediusを用いて,(1)実際にマ-キング行動における上記のトレ-ドオフが見られるか,(2)子の捕食リスクの強度によってマ-キング行動が変化するか,について調べた.その結果,まずマ-キングによって自身および同種他個体による過寄生が回避されることが分かった.また,本種の高次寄生蜂であるAcroclisoides sp.はマ-キングされた既寄生卵へのみ産卵すること,およびカメムシ卵の捕食者であるクロオオアリがマ-キングされた既寄生卵塊に強く誘引されることが分かった.さらに,両捕食者との対峙経験のあるT. nigripediusはマ-キングの頻度を減らすことが分かった.一般に,産卵場所を比較的に任意な状態で選択できる動物では,捕食リスクの低い場所を選ぶことで子の捕食を回避する.一方,寄生蜂のような産卵可能な場所に強い制約のある動物は,子に関する情報を制御することによって捕食リスクの変化に適応していることが強く示唆された.