ESJ58 シンポジウム S05-2
相馬雅代(北大・理・生物)
鳥類の生活史において,つがい形成から産卵・育雛にいたる各段階は,繁殖成功の収支を左右するさまざまな行動を含んでいる.とりわけ歌鳥(スズメ目鳴禽類)の繁殖に関わる行動は,そのおかれた環境条件のみならず,過去の発達期の経験によっても影響されることが顕著である.すなわち,歌鳥オスの求愛歌は発声学習によって獲得されるものであり,発達期に接した成鳥の音声に基づき社会学習を通じて形成される.他方メスの配偶者選択は,求愛歌の単なる“巧緻”のみならず,発達期の聴覚記憶の影響を受ける.このような性的刷り込みが介在するために,メスは近親個体の特徴や地域個体群の方言など,馴染みのある歌に対して選好を示す傾向がある.つまり,オスメスどちらにとっても,発達期に聴く成鳥オスの歌は,重要な情報源となっているといえるだろう.それでは,この「情報」を自身の繁殖成功へ結びつけるために,各個体はどのように利用しているのだろうか? たとえばオスは,どのようにモデル(歌の手本)の音特性を取捨選択し,自己歌を完成させているのだろうか? 他方メスの配偶者選択は,どのような個体のうたっていた歌を参照になされるのだろうか? オスの歌学習およびメスの性的刷り込みどちらに関しても,社会交渉の頻度や親子関係の寄与が大きく,父親の歌行動が重要な情報源であることがこれまで指摘されている.しかし,歌が「下手な」オスの息子は父親の歌を真似ても高い繁殖成功はのぞめないだろうし,メスは,父親の歌行動だけを参照にしていては,近親交配のリスクを高めることになる.さらにここで重要となるのは,このような歌学習と歌に対する選り好みとの相互作用の帰結として,歌鳥の歌形質は進化してきたということである.本発表では,ジュウシマツに関する研究を中心に紹介しながら,求愛する側とされる側の意思決定がどのように歌の進化とむすびついているか議論したい.