ESJ58 シンポジウム S11-2
須貝杏子・加藤朗子・常木静河・森啓悟・加藤英寿(首都大・牧野標本館)
小笠原諸島(以下,小笠原)は,これまでに他の陸地と一度も繋がったことのない海洋島であるため,独自の進化を遂げた固有種が多く存在し,進化生物学的に非常に興味深いフィ-ルドである.このような特異な自然を後世に残すため,環境省は世界自然遺産への登録を目指している.しかしながら,小笠原に固有の維管束植物約160種のうち3分の2が絶滅危惧種に指定されるなど,保全生物学的に深刻な課題を抱えている.
私たちは,これまでに小笠原産固有樹種(ムラサキシキブ属・シロテツ属・タブノキ属・ハイノキ属など)を対象として,マイクロサテライトマ-カ-を用いた集団遺伝学的な解析を進めてきた.これらの分類群の特徴は,1つの属内に諸島の広範囲に分布する普通種と局所的に分布する絶滅危惧種の両者が含まれている点である.これらの樹種の遺伝解析の結果,普通種の種内に明瞭かつ複雑な集団構造が認められ,従来の形態形質に基づく分類群とは異なった遺伝的組成を把握することができたとともに,種分化の初期段階にある可能性が示唆された.また,集団サイズの小さい絶滅危惧種の集団内に高い遺伝的多様性が検出される事例もあり,その要因として個体数が最近急速に減少したために祖先集団の多様性が残存している可能性が考えられた.
小笠原では様々な保全対策が進められているが,単に絶滅危惧種を保全するのではなく,普通種も含めた種内の遺伝構造にも配慮していく必要がある.それにより進化のプロセス,すなわちその種が将来的に分化する可能性を守ることができるのではないだろうか.これまでのユビキタスジェノタイピングの結果を生かして,遺伝的多様性に考慮した保全策を提示していくことが可能になるだろう.