ESJ58 シンポジウム S16-2
日鷹一雅(愛媛大学・農学部)
“Biodiversity”は、1980年代E.O.Wilsonが提唱した概念であり、保全と利活用の二つの面を持つ概念である。保全と活用は、時に二律相反的に矛盾をきたすことがあり、地域の現場においてそれがよく起こる。なぜなら、利活用を前提にした生物多様性の保全なら広く一般に受容されるが、研究者など一部の想いで生物多様性を保全しようとしても、独りよがりに陥りやすい。生態学者の多くは生態系サ-ビスを駆使して、保全と活用の間を埋めようと意図、画策するが、必ずしも成功するとは限らない。その原因は二つあるように思える。一つは、生物多様性が必ずしも生態系の安定性に結びつかない(橘川 1980)ように、生態系サ-ビスは恒常的ではなく不確定だからである。もう一つは、生物多様性を政策化あるいは経済化を誘発しても、国際、国家、地方、県、市町村などコミュニティ-など大小様々な社会レベルで、生態系サ-ビスの質と量は不確定性を伴うからである。私達は、多様な様相の生態系や群集と人間社会の総合的な環境系に対して、不確定性の少ない政策や経済をどのように構築し導入したらいいのだろうか。この命題について、大きな社会レベルからのトップ・ダウンの試行錯誤より、小さい社会レベルからの多様な試行錯誤への支援と、適正なフィ-ドバックの仕組みつくりが重要になるであろう。とくに農山漁村はその典型である。演者が関係するいくつかの地方行政レベルの生物多様性保全施策の事例の中から、それらの取り組みを紹介するとともに、今後を展望したく思う。首都圏などごく一部の大都市とは異なる多数の少子高齢化傾向の地方の日本人個体群を前提にした場合、「そこだけにしかない」生物多様性を保全・利活用するためには、「そこだけでしかない」地域コミュニティ-の持続性を保全・修復することが急務である。少なくとも、この難題を生態学者だけで何とかできるものでもなく、多様なる協働が重要である。