ESJ58 企画集会 T03-5
北野 潤(東北大・生命)
トゲウオ科魚類のイトヨは、約200万年の間に、急速な多様化を遂げた魚であり、また、全ゲノム配列を始めとするリソ-スが整ってきたことなどから、近縁種間での適応的分化の遺伝機構を解明するのに最適なモデル生物であるといえる。本発表では、イトヨが多様化を遂げる過程で生じた複数適応形質の分化の基盤として、ホルモンシグナルの進化に着目し、その遺伝的基盤を解析したので、その成果を報告する。
新規環境への適応には、複数の形質が同時に変化する必要がある。ホルモンは、内分泌器官から分泌されて全身に働きかけて複数の形質を同時に変化させる作用があることから、ホルモンシグナルの分化が生態型間の表現型分化、さらには、生殖隔離の基盤になっている可能性が考えられる。この仮説を検証する為に、トゲウオ科魚類のイトヨを用いて、生態型間のホルモンシグナルの分化を解析した。
イトヨでは、祖先型である海のイトヨが様々な淡水域へ侵出することによって、急速な多様化を遂げたが、この多様化の過程で、河川のイトヨが、代謝調節に重要な甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモンの量を低下させたこと、代謝活性や運動活性を低下させたことを見いだしたとともに、甲状腺刺激ホルモン量の低下がゲノム上の遺伝子調節領域のシス変異に由来することを突き止めた。淡水の河川に生息するイトヨは、海のイトヨのように外洋を回遊する必要がない上に、海と比べて河川には餌資源や溶存酸素濃度も低いことが多く、代謝活性や運動活性を下げることが有利であるのではないかと考えられる。
また、求愛行動や配偶者選択行動の異なる集団間比較によって、同所の近縁集団間でも性ホルモンなどの生殖に関わるホルモンシグナルが分化していることも見いだした。今後も、これらホルモンシグナルの分化が近縁な生物群間で生じた生態学的意義と分子遺伝機構の双方に迫っていきたい。