ESJ58 企画集会 T07-2
*田邊優貴子(極地研)
南極大陸には、氷床から解放され大陸岩盤が剥き出しとなった露岩域と呼ばれる地帯が点在している。これら露岩域は南極大陸全体の約2-3%とされており、生物の数少ない生息場となっている。また、氷期-間氷期サイクルという地球規模の環境変動の影響を受け、最終氷期以降に南極氷床が後退して形成された環境である。昭和基地周辺の露岩域には多様な形状・水質を持った湖沼が100以上も発見されている。しかし大部分は貧栄養淡水湖沼であり、その湖底にはまるで森林か草原のような形態のユニ-ク且つ豊かな藻類群集マットが湖底一面に広がっており、南極陸域生態系の中で最も豊穣な植生と言われている。これまでに世界各国の他の南極地域において、昭和基地周辺のような藻類とコケによるユニ-クな形態をした植物群落の存在は未だに発見されていない。これら南極湖沼生態系は、同一の時間をかけ、同一の気候条件のもと、湖ごとにそれぞれ独立したシステムが成り立っている。近接した湖沼であるにもかかわらず、その多くは河川や集水域によって繋がったものはほとんどなく、全く違った湖底植生の形態・構造となっている。これはまるで、それぞれの湖が一つ一つ地球規模の実験場となっているものと捉えることもできる。
本講演では、フィ-ルド研究の立場から、南極湖沼の環境変動および植物プランクトン動態との関係、湖底藻類群集の構造および保持色素と光合成の関係、光変動に対する藻類群集の応答性、湖水と湖底間隙水との栄養塩濃度とに関して論じることにより、南極湖沼での豊かな湖底植生形成と繁栄の謎に迫った。南極大陸は人為的活動の影響が地上で最も少ない地域であり、考慮すべきパラメ-タ-が極端に少ないシンプルな生態系が成り立っている。さらにその中に存在する南極湖沼生態系はより閉鎖された環境であるため、環境変動に対する生物群集の応答・適応プロセスを理解する上で理想的かつ重要なモデルとなり得ると考えている。