ESJ58 大島賞受賞記念講演 1
大塚 俊之 (岐阜大学流域圏科学研究センター)
1990 年のIPCC第一次報告書では、化石燃料の使用によって大気中に放出されるCO2の約30%が行方不明とされ、科学的にも政治的にも陸上生態系の炭素吸収量について大きな注目が集まった。さらに1997年の京都会議以降は、微気象学的な「タワーフラックス観測」の発展を契機として、陸上生態系(特に森林生態系)の炭素循環と生態系純生産量 (NEP) に関する研究が爆発的に増加した。
岐阜大学流域圏科学研究センター・高山試験地の落葉広葉樹二次林(高山サイト)は、日本では最も古く1994年からタワーフラックス観測が、また生態学的な手法による炭素循環研究も1998年から開始されて、両者の長期的かつ詳細な比較研究がなされてきた(図1)。本講演では、約10年間での高山サイトでの集約的な研究から分かったことを、まず整理する。生態学における物質生産の研究は1970年代に多くのデータ蓄積がある。一方で、ほぼリアルタイムでのGPPとREの測定を可能とするタワーフラックス観測の手法は、必然的に生態学的な物質生産と炭素循環の研究手法の再考を促すことになった。例えば、長期的な平均値を推定する従来の積み上げ法によるNPPの測定は「タワーフラックス観測」と時間スケールが合わない。高山サイトでは、物質生産研究の手法と方形区を用いた群落生態学的な森林動態研究の手法を組み合わせることによって、年々スケールでのNEPの推定に取り組み、独立な二つの手法によるNEPの比較研究を行った(図2)。さらに長期的な並行研究から、積み上げ法によるNPPが微気象学的手法によるNEPとパラレルに年変動し、分解呼吸量ではなく生産量の変動がNEPの年々変動に大きく寄与していることを、野外観測結果から初めて明らかにした。
くしくも、社会的要請に主導された近年の物質生産の研究は、炭素吸収量の推定だけでなく、新たな生態学的な課題を生みだす結果となった。生態学的な炭素循環研究は、吸収した炭素が生態系の「どこ」に「どのように」蓄積していくのかについて明らかにする。遷移が停滞して枯死木の多い高山サイトでは、バイオマスは増加せず、CWDや土壌有機物などのネクロマスとして炭素が多く蓄積している可能性がある(図2)。高密度の林床ササ群落は炭素蓄積にどの程度寄与するのだろうか。本講演では、さらに、この10年間で分からなかったことを整理し、次の10年のための問題提起をしたい。