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ESJ58 大島賞受賞記念講演 2

森林生態系の物質循環における水の役割 −Do you have a monsoon season in your forest?−

大手 信人 (東京大学大学院農学生命科学研究科)


森林における物質循環研究は、欧米では早くから集水域を対象として行われてきた。これらの研究の殆どは、西岸海洋性か地中海性気候下の森林で行われてきおり、前者の降水の季節変動は明瞭でなく、後者は明らかな冬雨型であるが、いずれにしても、植物の蒸発散の影響も重なって集水域は夏季に乾燥する。一方、日本を含むアジアモンスーン気候下の地域は、明らかに夏季に降水量が増大する。この場合、集水域が他の季節に比べて乾燥するか湿潤になるかは、降水量と蒸発散量の大小関係で決まることになるが、多くの地域で夏季に湿潤になり、土壌中では活発な水移動が生じる。

この違いは、物質循環のプロセスにいくつかの重要な違いを生み出す。例えば、植物と微生物の両方にとって重要な栄養塩であるNO3-は、普通、自然な森林では夏季の植物・微生物の成長時期に土壌中の現存量は減少し、休止期である秋から冬にかけて増加する。上で述べた西岸海洋性気候や地中海性気候下では、このため、夏季、森林からの流出NO3-量は低下する。しかし、夏季に降水量が多い日本の森林では一見逆説的なことが起こる。NO3-の土壌中で現存量は夏季に減少しているのに、同じ時期にNO3-濃度が上昇する集水域がしばしば見られる。このことは、土壌中での観察されているNO3-の現存量の季節変動が、いわゆるnet rateであって、本当は、その時期のNO3-生成のgross rateが極めて大きいことを示唆している。NO3-は、いくらたくさん生成されても、できたものから植物や微生物に消費され、さらに水とともに流亡する。結果、測定される土壌中の現存量は少なくなる。日本の森林では、渓流へのNO3-の流出量を強く規定するのは、植物や微生物の消費よりもむしろ、降雨流出という水文学的なプロセスであるということができる。このことは、夏雨気候下の森林でNO3-のavailabilityを考えるときに、それを一つの要因として考慮にいれなければならないことを示している。

同じ温帯森林であっても、気候条件の違いで窒素循環をはじめとする物質循環の季節パターンにドラスティックな違いがある。蓄積の圧倒的に多い欧米のフィールドでは示せないメカニズムを示し、欧米では軽視されている水移動の影響を考慮する、よりユニバーサルなコンセプトが提示できるという意味で、我々のフィールドは利用価値が高い。


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