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会長からのメッセージ −その10−

「地区会のこと」

 大会のことを書いたので地区会のことも書いておきたい。今日のは、ムカシ話です。

 坂上昭一先生といえば、ハナバチの社会進化については、世界でも有数の学者であり、ミツバチに関する岩波新書の本とか、「私のブラジルとそのハチたち」などの書でも有名である。また「学会嫌い」としても有名で、「学会に参加するくらいなら、そのあいだに論文の1本や2本が書ける」とおっしゃっているということが、その弟子どもの口から、間接的に私たちにも伝わってきていた。事実、そのように豪語されるだけの論文を毎年書いておられて、論文リストを拝見しても、年に10本以上の論文が表示されている。またその当時、本州の学会に参加しようと思うと、列車と連絡船を乗り継いで、往復3日も4日もかかるという有様で、それこそ「論文の1本」も書けようかというほど時間がかかった。それで、そんなに有名な学会嫌いの先生が、日本生態学会の北海道地区会を聞きに来られているのは、私たちには驚きであった。

 それぞれの講演にするどい質問をされるとともに、終わってから、私たちと一緒に北大のそばの居酒屋に付き合われ、そこでも、厳しいコメントを聞くことができた。また、口頭発表だけで満足していてはいけない。かならず英文の論文にしなければいけない。英文を綴るというのは面倒なようだが、たとえば、数に関することは数式を使うのが、わかりやすく便利であるように、英文もまたサイエンスに関することを他人に伝えたい場合の「記号」であると割り切ればよいのだというような含蓄のある話をしていただいた。発表者それぞれについては、内容はもとより、発表のしかた、話術などについても教えていただいた。結構厳しいコメントもあったが、尊敬する大先生のコメントであり、また思い当たることばかりであったので、われわれ悪童どもはつつしんで聞いているのであった。どういうわけか私に対しては点数が甘く、いつも誉めてもらっていて、ほかの人たちからやっかみを受けていた。

 地区会はどこでもそうだと思うが、会場が一つしかなく、様々な研究発表を、かならず聞かされることになる。全国大会だと会場は最近なら10以上にも分かれ、植物を材料にしていても生理生態学とか繁殖生態、物質生産というようにかなり細分化される内容になっていて、個人はだいたい同じ会場に居ついてしまうのがふつうだが、地区会では、魚、鳥、昆虫、樹木、草本など材料は様々であり、それをとりあげる視点も応用生態学的視点から、行動生態学、個体群動態などさまざまであった。こういった様々な発表を聞くことができるのが地区会の特色だと思う。当時は、F君が土壌中のササラダニ、H君がマイマイガの産卵場所選択、A君がゴール形成アブラムシの話をしていた。S君のササスゴモリハダニ、S君とK君によるエゾヤチネズミの囲い込みによる研究、A君による兵隊アブラムシの発見などで北海道の若手動物生態学者は盛り上がっていた。植物に関してもK君の高山植物やO君のエンレイソウなどで繁殖生態学の研究がさかんになりかけていたし、S君はシダ植物のフェノロジー研究をおこなっていた頃だった。K君とS君やわれわれのグループとは樹木を材料にして競い合うように研究をすすめていた。様々な話を理解しなければいけないのは一面では大変だったが、実際は楽しいことのほうが多かった。逆に、話すほうも、様々な聴衆に理解できるように考えながら、話を準備しなければならなかった。バックグラウンドの知識のない人にもわかりやすく話そうという努力は、結局は自分自身の、話す内容に対する理解を深めるのに役だった。わかりやすく、ということは内容を落とすことにはならなかった。「仲間内での評価」というのは結構きびしく、また重要である。それだけに、地区会だから、というので調子を落とした発表に対しては評価が厳しかった。最後には居酒屋でのコメントが待っていた。

 ▲いつものジョギングコース、田圃のなかにハス田がある。レンコンを収穫するだけでなく、花も出荷するのだという。お盆間近で書き入れ時なのだろう。花が少ないと思っていたが、そのせいだと納得した。