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会長からのメッセージ −その51−

「夏休み」

 事務局も夏休みということで、私のほうもすっかりのんびりとさせていただきました。

 しかし暑かったですね。過去形を使ってよいのか、今日も暑くなりそうな予感はあるのですが。

 家にクーラーはあるが、1室だけにしかないので、一度点けてしまうとその部屋から出られなくなってしまう。出来るだけ点けないようにして、庭に水を撒いてしのいでいる。幸いにして窓の外には木が何本か植わっているので、水を撒くと涼しい風が入るようになる。そこで、どっかりと座り込んで読書、というのが僕の短い夏休みです。

 今年は、「敗戦日記」高見順、「本庄日記」本庄繁、「終戦日記」大佛次郎などです。特に日本現代史を研究しているわけではない。だいたい、読んだあとから直ぐに忘れているから、「読書」などといえるものでないかもしれない。「紙面の活字に目をさらした」といった言い方が正しいかも知れないのだが、最近の本が活字であるかどうかも疑わしいので、一応読書ということにしてある。

 高見順や大佛次郎は有名作家だが、最近は知らない人も多いかもしれない。大佛次郎はほれ、鞍馬天狗の作者ですよ。鞍馬天狗は尊皇攘夷のために敵役新撰組と戦った剣術の達人だが、口はあまり達者でない。なんであんたがたは今の幕藩体制を壊すようなことをやっているんだ、と問いつめられて、理路整然とその理由を述べるのかと思いきや、まあそれは時代の流れですから、みたいなことを言っている。単ゲバやな。高見順という人も、昭和の流行作家だが、戦後、近代文学館の設立に尽力し、館長をつとめたのが大きな功績だ。

 本庄繁というのは全然知らないという人が多いだろうが、陸軍大将で満州事変のときに関東軍司令官、2・26事件のときに武官長という職に就いていたから、日本史のキイパーソンといってよい人物である。ただし実際はキーになるような活躍はしていない。ちなみに日本の戦争は宣戦布告なしの不意打ちで始めるから、事変という。2・26というのは、今でもよくわからない事件で、明らかにクーデターなのだが、軍隊を動かし、政治の中枢を占拠し、内閣の中心人物を殺害したのに、その後、どのようなプランによって権力を奪取しようとしたのか(あるいは何故しなかったのか)がわからず、「幼稚な暴発である」みたいなことで、片づけられていることが多い。

 ところで、実際にはそれなりのプランがあったのであり、具体的には天皇を通じて、(あるいは天皇権力を利用して)権力を獲得しようとしていた。そのパイプ役に擬せられていたのが本庄繁であったらしい。実際、この人は、事件には直接関わらなかったが、首謀者達ときわめて緊密であった山口大尉という人の岳父であり、皇道派の大物であり、しかも軍人としては一番天皇に近い位置に居るという人であったから、パイプ役として最適任であったのである。事実、彼は、クーデター首謀者達に同情的な言辞を何度か天皇に吹き込もうと試みており、それが日記にも記録されている。しかしそれは他ならぬ天皇に峻拒されてしまう。

 というわけで首謀者達は逮捕投獄銃殺されてしまったから、この暴動は失敗ということになるのだが、しかし実際の日本は彼らの描いたグランドデザイン通りに進んでいってしまう。いろんなところに問題があったのだろうが、日本の軍隊が天皇の軍隊であり、統帥権というかたちで議会から独立していたことが最大の問題であったろうと思われる。

 ところで最近の防衛大臣と次官の確執なんてのは、このシビリアンコントロールが全然なされていないという実例ではないのか。防衛省の役人(自衛官)が上司の言うことをきかずに、銃をもって暴れ出したらどうなるのか。報道機関はこういうことをきっちり問題にしなければならないと思うのだが、報道されるのは人事の手続きがどうのとか、誰と誰が仲が悪いとかの話が多い。朝日新聞には、首相、官房長官、大臣、次官、次官候補者、後継次官などの似顔を線でつなぎ、この二人は仲良しマーク、この二人はけんかマークみたいな図が二度にわたって出ていた。ま、普通はそういううわさ話のようなもののほうが面白いから、それでもよいけどね。

▲入道雲。暑い日がつづき、雨が降らない。庭にジャムの空き瓶を置いただけの私設気象台の観測では8月になってから雨が降っていない。(と書いた直後に雷鳴とともに豪雨が来た。)入道雲の勢いは関西なんかより弱くて、横に流れてしまう。