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一般講演(口頭発表) I2-03
生産性と食物網の安定性の関係を分析した古典理論によれば、栄養塩の増大は一見それを利用する餌種やその捕食者を増やしそうだが、不安定になり、かえって種の絶滅をもたらすという。この自然観と理論の不一致は富栄養化の逆説と呼ばれ、生態学の問題の一つである。
この理論の限界は、食物網の根本要素である1捕食者-1被食者系に限定した性質の可能性があるということである。本研究では食物網構造と相互作用リンクの時間変化という2つの現実性を考慮した捕食-被食系へ拡張したモデルの分析を通じて富栄養化の逆説の解消条件を探る。
数理モデルを用い、捕食者の最適採餌行動を考慮した複数種からなる異なる構造の捕食-被食系を複数作成し、そのうえで、系に流入する栄養塩量の大きさに応じた個体群動態の振る舞いをそれぞれ観察した。富栄養化に伴った個体数振動の振幅の減少と最小個体数の増大が全種で観察された。富栄養化に対し食物網が頑健であるためには、安定性を生む柔軟に餌利用を切り替える捕食者種だけではなく、不安定性を生む柔軟性を欠く捕食者種もいなければならないと推測された。
加えて、最適採餌の不正確さや進化動態の効果も、富栄養化による安定化を引き起こすことがわかった。採餌が不正確なほど、進化速度が遅いほど安定化は起きやすい。柔軟性を欠いた捕食者種、非最適採餌、遅い進化速度といった、一見安定性とは無縁の要素が富栄養化に対する安定性を増強しうるのである。