| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


一般講演(口頭発表) I2-12

インフルエンザウイルスの断続平衡進化は抗原連続変異モデルで説明できるか?

佐々木顕(総研大・生命共生体進化学)

インフルエンザの流行はウイルスの表面抗原の抗原決定サイトに突然変異が集積して、宿主免疫応答からエスケープしたウイルス株によって毎年引き起こされると考えられている(抗原連続変異)。この宿主免疫応答が駆動するウイルスに対する自然淘汰は、ウイルスの進化を加速し、有効なワクチンの作成を著しく困難にする。1968年以降、ヒトにおける主要な流行株であるインフルエンザA/H3N2型ウイルスの系統樹は、その急速な進化にもかかわらず、きわめて単純な樹形をしており、高速進化する系統樹の樹幹から伸びる側枝のほとんどが絶滅することにより、各年の遺伝的多様性が限られてきたことを示している(eg. Andreasen & Sasaki 1996)。A/H3N2型の1968年以降現在までの進化にはもうひとつの著しい特徴がある。つまりウイルスの抗原性(表現型)は3〜4年間続く進化の停滞期が不連続的な跳躍によって破られることの繰り返しからなる断続平衡的進化が起きていることが、ヘマグルチニン抗血清を用いた免疫距離による表現型・遺伝子型マッピングによって示唆され (Smith et al. 2004)。本講演では、宿主体内において免疫応答から逃れながら進化するエイズウイルス等の抗原ドリフトモデル(Sasaki 1994, Haraguchi & Sasaki 1997, Sasaki & Haraguchi 2000)を宿主集団レベルの「系統樹動態」(phylodynamics)に拡張することにより、過去の流行の履歴が宿主集団免疫構造を定め、それが交差免疫を介してウイルスの進化の方向と速度を決めるインフルエンザ進化の数理モデルを提唱する。解析により、A/H3N2で見られた断続的な進化は、交差免疫の幅が突然変異による子孫ウイルスの抗原変異の標準偏差を超えるときに起こること等が明らかになった。

日本生態学会