| 要旨トップ | | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P1-066
植物の被食防衛は適応度に大きく影響するため、強い自然淘汰が働いて防衛形質の遺伝的変異は減少すると予想される。しかし野外集団では防衛形質の遺伝的変異(多型)が観察されることが多い。防衛形質の多型を説明する有力な仮説は、「防衛形質にコストとベネフィットがあり、それらが時間的・空間的に変動することによって集団内に多型が維持される」というものである。アブラナ科多年草ハクサンハタザオにおいては、トリコームを作る株(有毛株)と全く作らない株(無毛株)が共存している集団がある。トリコーム多型は1遺伝子の変異による単純な遺伝様式を持つと考えられ、防衛形質のコスト・ベネフィットの変動を追跡する野外調査や様々な実験を行う上で都合が良い。そこで、ハクサンハタザオのトリコーム多型がみられる2つの近接集団において、有毛株および無毛株を食害する昆虫の数、食害の程度、果実生産数を調べた。一方の集団では3年間の野外調査を行った。その結果、開花時のトリコーム多型(花茎上のトリコームの有無)は植食昆虫の数と果実数に影響しなかった。果実生産に最も大きな影響を与えたのはダイコンサルハムシによる花芽・茎頂の食害であったが、トリコームの有無は花芽の防衛に関与していなかった。もう一方の集団ではダイコンサルハムシがおらず、他の昆虫による食害も軽微であった。しかしこの集団でも有毛株と無毛株で果実生産に有意な差が見られなかった。これらの結果から、ハクサンハタザオのトリコームには被食防衛の機能がなく、有毛および無毛表現型は中立な変異であると考えられた。