| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


一般講演(ポスター発表) P1-239

化学物質の管理政策のための生態リスク評価―手法および課題

林 彬勒(産総研)

化学物質は私たちの生活にいろんなベネフィットをもたらしている反面,生態系に悪影響を及ぼす懸念が持たれている.化学物質の管理政策の策定においては,化学物質の有効利用と生態系の保全の両立にたった視点が必要不可欠であり,そのための生態リスク評価は,従来の生物が一匹も死なない個体レベル評価ではなく,生物の個体群存続影響を評価エンドポイントにした個体群レベル評価が合理的である.

生態リスク評価の歴史はまだ浅い.生態リスクの概念がはじめて提唱されたのは,80年代中期であった.その際,評価のエンドポイントを個体群の存続にする必要性も研究者の間に提起されたが,実際の化学物質の審査・規制や環境基準値設定において,諸外国では未だに種の感受性分布とハザート比の2つ手法が使われてきた.諸外国に比べて,日本国内における生態リスク評価はかなりの遅れを取っている.95年に始まったCRESTの「環境影響と効用の比較評価に基づいた化学物質の管理原則」の生態リスク評価研究,98年に環境庁がハザート比を用いた評価,このような動き以外,日本国内における生態リスク評価の研究や議論はほとんどがなかった.2003年に私どもは,室内の生態毒性データに内在する情報の意味と化学物質の毒性影響を受ける室内の生物個体群の動態に着目して,個体群増殖率(λ)が1,もしくは,内的自然増加率(r)が0の時の化学物質の濃度を,実験室の生物個体群存続影響の閾値濃度として提案した(林ら,水環境学会誌,2003).この手法の確立によって,環境政策に結びつく個体群レベル評価が実施可能になった.特に,この手法の詳細リスク評価書への適用により,私どもが公表した詳細リスク評価書は,国内外の初めての個体群レベル評価書として注目されている.今後,毒性データなど情報制約状況下の個体群レベル評価手法開発や不確実性の定量化などは研究課題となる.

日本生態学会