| 要旨トップ | | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P2-178
分布拡大は、移入種や大型草食獣など生態系インパクトや農業被害を引き起こす動物に広く認められている。近年、これらの動物の管理計画策定等の手段として、空間明示型モデルが使われるようになった。しかし、このモデルにはあらかじめ分散率を推定しておかなければならないという難点がある。分散率は空間明示モデルの予測精度に強く影響するが、直接測定できる動物は限られている。この解決策として、糞などの痕跡から推定した分布の経時変化から分散率を逆推定する方法がある。しかし、分布情報の精度の低さから推定誤差が大きくなったり、雌雄の分散率を区別できないという限界がある。とくに分散率の性差が推定できないという欠点は、その性差が顕著で分布拡大下にある個体群では、分散率の性差を通して性比に空間構造が生じ個体群動態に影響する可能性が高いなど、重要な課題だと考えられる。
本研究では、分布拡大下にある房総半島のシカ個体群を対象に、空間明示型個体ベースモデルを用い、マイクロサテライトDNAから推定した遺伝的な個体群構造との対比を通して雌雄の分散過程を推定した。推定にあたって、まず4つの分散プロセスのシナリオを設定した。1) 分布拡大は単純なランダムウォーク分散の結果生じた、2) 高密度地域を避ける分散の結果生じた、3) 道路など地理障壁を避ける分散の結果生じた、4) 高密度地域と地理障壁の両方を避ける分散の結果生じた。そして、1974年の分布を初期値として30年間の分布変化を計算、2004/5年の遺伝的な個体群構造に最も近い分布をつくるシナリオと分散率を調べた。その結果、雄の分散率は雌よりも顕著に大きいこと、房総での分布拡大にはシカ密度と地理障壁の双方が影響している可能性が高いことが分った。