| 要旨トップ | | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P3-110
大型草食獣が植物や他の植食者に与える影響は、植物の採食耐性・抵抗性や、植食者の生活史・行動によって大きく異なる。そのため、こうした影響の評価にはその背景にあるメカニズムの解明が必要である。植物の量や質は植食性昆虫の成長や繁殖に影響を及ぼすが、一部の昆虫では植物の季節的変化を刺激として生活史を変化させるものもいる。こうした昆虫の生活史の変化は個体群動態や他種との相互作用にも影響する可能性がある。しかし、こうした生活史への間接効果に着目した研究はほとんどない。本研究では千葉県房総丘陵において、シカによる採食がオオバウマノスズクサ(以下オオバ)の形質を変化させることにより、オオバを食草とするジャコウアゲハの生活史を変化させるかを検証する。
広域調査の結果、シカ高密度地域ではオオバの葉の消失が春から頻繁に起こり、新葉の加入も頻繁に見られた。シカ排除柵を用いた野外実験の結果、柵内では葉の硬化やC:N比の上昇といった季節的な葉の質の低下が見られたのに対し、柵外ではその変化は軽減した。長日条件におけるジャコウアゲハの飼育実験の結果、質の高い葉を与えた幼虫では蛹休眠率が低かったのに対し、質の低い葉を与えた幼虫では蛹休眠率が高かった。
以上の結果から、シカの採食による葉の消失はその後の新葉の加入をもたらし、季節的な葉の質の低下を抑制することが示唆された。ジャコウアゲハは葉の質に対し可塑的な休眠性を示したことから、葉の質の低下の抑制により、蛹休眠率が低下すると考えられる。休眠率の低下は非休眠世代の増加につながるが、実際にシカ高密度地域において、非休眠世代由来の卵が多く観察される傾向が見られた。このことから、シカの採食が植物の形質変化を介して間接的に昆虫の生活史に変化を及ぼしている可能性が示された。