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一般講演(ポスター発表) P3-150
隠蔽変異(cryptic variation)とは、普段表現型に現れないが、ストレス環境など特殊な条件下でのみ表現型として現れる遺伝的変異である。シロイヌナズナにおいて分子シャペロンHSP90の働きを低下させると、隠蔽変異が現れることが明らかになっている。これは、HSP90が変異の発現を抑制する効果を持つことを示しており、この効果が変異の蓄積を介して進化に寄与する可能性がある。しかし、野生生物集団において隠蔽変異の蓄積量はいまだに定量されていない。
シロイヌナズナ属のタチスズシロソウとミヤマハタザオは同種でありながら砂浜と高山という大きく異なる環境に生育している。この2亜種を材料に、集団の隠蔽変異量を比較した。実生定着に重要な胚軸伸長反応に着目し、暗黒下の胚軸長における隠蔽変異の量を測定した。タチスズシロソウはミヤマハタザオに比べて熱ストレスが多い環境に生育するため、隠蔽変異量が少ないと予測した。また、後者の1集団において、広域からサンプリングした場合と局所からサンプリングした場合を比較した。広範囲で表現型変異を一定に保つような安定化淘汰が働いている状況下においても、隠蔽変異は中立であるために、サンプリング範囲を広げると変異の量が増大すると予測した。
実験の結果、HSP90を阻害するとミヤマハタザオとタチスズシロソウの両方で家系間の変異が増大し、その差は集団によって異なっていたが亜種間の有意な差はなかった。これらの結果から、自然集団にも隠蔽変異が存在することが示唆されたが、生育環境によって隠蔽変異量が変わるという証拠は得られなかった。また、広域と局所の比較では、広域サンプルの隠蔽変異の方が多く、隠蔽変異は中立的に振舞っていると考えられる。