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一般講演(ポスター発表) P3-161
沖合や岩礁帯の発達した琵琶湖は,それぞれのハビタットに適応した数多くの固有生物を育む.採餌に関連した独自の形質進化がみられる固有魚類は,採餌適応に起因する生態的種形成の候補として進化生態学的に興味深い.
本研究では,琵琶湖に固有なコイ科ヒガイ属2種(ビワヒガイ・アブラヒガイ,以下,ビワ・アブラと略記)の頭部形態に着目して,採餌適応による生態的種形成の可能性を検証した.形態解析には幾何学的形態測定法を,採餌生態の解析には安定同位体分析を採用した.
沿岸域に広く生息するビワには,頭部形態に連続的な著しい変異がある.岩礁地帯には長頭型が,周辺河川には短頭型が多く生息するが,一般的な砂礫環境では中間型が多数派である.アブラは限られた岩礁帯にのみ見られ,長頭型である.2種の祖先は河川にすむ短頭型である.
琵琶湖には沖帯の植物プランクトン(以下,プラ)と沿岸の付着藻類を起源とする,異なる2つの食物網がある.岩礁−砂礫帯の移行域(北湖北東岸沿岸域)で採集したサンプルの同位体比を測定した結果,ビワの値は2つの食物網にまたがり,頭部形態との間に統計的に有意な相関が見られた.ビワでは長頭型ほどカイアシ類などの動物プラに,いっぽう,短頭型ほど水生昆虫などのベントスに食性履歴が偏ることが示唆された.アブラは動物プラへの偏食傾向にあった.
以上の結果は,頭部の形態変異と餌生物の強い連関を示し,ヒガイ属の進化のみちすじを示唆する.つまり,ビワの長頭方向への進化は動物プラへの採餌適応(≒止水適応)によって促進され,岩礁帯への定着とアブラの種形成に至ったと推察できる.ヒガイ属は,生態的種形成において進化フェイズの初期に想定される種内変異段階を維持した,あるいは分化途上の,興味深い材料かもしれない.