| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


一般講演(ポスター発表) P3-264

チベット高原の矮性低木キンロバイの遺伝的多様性

*下野綾子(環境研),上野真義(森林総研),津村義彦(森林総研),古松(中国科学院),唐艶鴻(環境研)

高山植物の分布は、過去の氷期・間氷期の気候変動に応じて何度も変化したと考えられる。この分布変遷の歴史を調べる場所として、連続した高山帯が広がる中国チベット高原は適している。本地域の平均標高は4000mを超えるが、間氷期に森林が発達し、氷期に高山草原が広がっていたとされている。従って、高山植物の分布は間氷期に標高の高い地域に縮小し、氷期に高原広域に拡大したと考えられる。この仮説を地域集団の遺伝的変異の系統と組成を比較することで検討した。

対象種としたキンロバイ(バラ科キジムシロ属)は北半球の寒冷地に分布する矮性低木で、チベット高原に広く生育する。標高の高いチベット高原中央部から標高の低くなる北東部にわたる23集団および日本の北岳の1集団よりサンプリングした。葉緑体DNAのmatK領域約1100bpの塩基配列を決定し、36個の変異型(ハプロタイプ)を見出した。分岐年代の古いハプロタイプは高原中央部の集団のみに見られ、北東部集団には分岐年代の新しい共通したハプロタイプが優先していた。このことは北東部より中央部の集団の起源が古いことを示唆する。これは北東部より中央部の遺伝的多様性が高いことからも支持された。日本のハプロタイプは中央部の古いものと近縁なことから、キンロバイは、過去に日本を含む高原の広範囲に生育していたが、その分布が高原中央部に縮小し、日本の集団は残存したものと考えられた。その後再び分布を拡大し、北東部の集団が成立したと考えられた。北東部集団の遺伝的変異の組成は、集団サイズの急速な拡大を仮定したモデルにもよく適合し、分布拡大は最終氷期(数万年前)以降に生じたと推定された。

以上の結果は、キンロバイの分布は氷期に拡大し、間氷期に高標高域へ縮小したという仮説を支持するものであった。

日本生態学会