| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


シンポジウム S10-1

はじめに: 日本とアジアにおける有機農業の技術的展開と生態学から見た諸問題

日鷹一雅(愛媛大・農)・村本穣司(UC Santa Cruz)・嶺田拓也(農村工学研究所 )

日本の有機農業は、1970年代初頭に近代農法の化学物質過剰使用による公害問題から始まった「食の安全」と「土の健康回復」を追求する運動である。わが国固有あるいは欧米の先覚者に学んだ無化学肥料・無農薬の栽培技術体系と生産者・消費者の提携が大きな特徴で、近年の有機農産物認証制度や昨年度の有機農業推進法の制定で、我が国における持続可能な農法の一つとして注目を集めている。また環境省の第三次生物多様性国家戦略と農林水産省の生物多様性国家戦略における具体策の一つとして、有機農法が注目されている。ここでは、二つの視点から本農業の持続的農業としての方向性を時・空間軸上で論じる。

第一には農業技術的な変遷である。有機農法といっても技術内容は無農薬・無化学肥料以外一様ではなく、作目、地域、栽培者の個性によって、在地の伝統技術要素を残す多様な栽培システムであった。しかしその後有機農業の経営規模拡大、生産力向上が1990年代に起き技術革新が生じた。とくに外来・人造生物を活用した生物的防除などの導入技術が進み、かつての在地型伝統的色彩は薄らぎ現在に至っており、一部の技術革新はアジア諸国にも波及している。

第二は、食農の視点である。かつては小農と消費者間の「産消提携」qによる在地型流通システム主流であったが、食の安全性への不安感による有機農産物の需要拡大と消費者第一世代の高齢化により、大農―流通業者-消費者の遠距離流通型が今日シェアを伸ばしている。

以上2つの視点から、たとえ一見環境負荷の少ないと思われがちな有機農業であっても、より持続的な農業への移行には、生物多様性保全、養分循環、エネルギー収支などの生態学に基づいた生産技術から消費に至る食農システムの包括的な検討が必要であろう。さらにこれらをアジアの国々と比較しながら現実を冷静に分析する必要がある。

日本生態学会