| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


シンポジウム S10-4

持続的農業に必要な景観生態学の視点:有機農業だけではどうにもならない 

山本勝利(農業環境技術研究所)

今日、農業生産と自然環境との調和を図る観点から、また自然循環機能などの十分な発揮により持続的な農業発展を図る観点から、有機農業や環境保全型農業が推進されている。そこでは、ほ場への負荷低減により、例えばほ場内の生物相を保全したり、ほ場外への有害物質の流出を抑制することが目途となっている。しかしながら、有機農業や環境保全型農業が推進される場面では、主にほ場内及びほ場に隣接した畦畔や水路などのみに注目し、ほ場一筆ごとの対応に陥りがちである。元来、農業生産は、ほ場一筆のみで完結するものではなく、地域の資源を総合的に活用しながら行われてきた。例えば我が国の水田農業について見てみると、水田の水は上流側の森林で涵養されて供給されるのはもちろん、水田に投入する堆肥や水路構造の資材は里山から採取されていた。さらには、水田を耕す労力を畜力に依存していたため、それらの役畜の餌場として里山の維持管理が農業生産の重要な位置を占めていた。それらの結果、各集落では、水田(ほ場)のみでなく、堆肥、資材、役畜の餌の供給源である里山と、それらを結ぶ水路とが水田農業のなかで総合的に利用・管理され、その結果として時間的にも空間的にもモザイク性の高い農村ランドスケープが構築・維持されてきた。今日、生物多様性国家戦略で指摘されている我が国生物多様性の危機は、このような総合的に維持・管理された農村ランドスケープの崩壊に起因するものが多い。このような視点からみると有機農業や環境保全型農業によるほ場一筆ごとの対応では農村地域の生物多様性、ひいては地域全体の環境保全には結びつかないことが懸念される。そこで本報告ではこれらの問題を提起しながら、地域スケールで持続的な農業生産と自然環境との調和を図るための景観生態学的視点を提示したい。

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