| 要旨トップ | | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨 |
宮地賞受賞記念講演 3
群居性動物は、群れ生活によってもたらされる様々な利益を享受する一方、不可避なコストとして個体間の競争や対立を経験する。発表者は群居性哺乳類(食肉目、霊長目、齧歯目)を対象に、群れ生活の維持に関する社会行動を研究してきた。群れ生活の収支に関する研究では、群れ構成個体間の社会行動が個体に与える影響を明らかにした。たとえば、協同繁殖するミーアキャットの群れでは、同性個体間に繁殖をめぐる強い対立が存在し、この対立が劣位個体の適応度に負の影響を与えることを報告した。この結果は、協力的な側面が強調されてきた協同繁殖研究において、新たな一面を明らかにしたものである。また、野生の霊長目(ニホンザル、チンパンジー)を対象とした研究では、社会交渉相手との社会関係が個体のストレスレベルに影響を与えることを報告した。
群れ生活を維持するためには、個体間対立を積極的に低減させる行動が重要となる。このような行動は対立解決行動と呼ばれ、その代表例として、攻撃直後の攻撃個体と被攻撃個体間の親和行動(仲直り行動)があげられる。霊長目を対象とした研究の結果、仲直り行動には攻撃の再発確率を減少させる、当事者個体のストレスレベルを低減させるなど、群れ生活を維持する上で重要な機能が存在することが明らかになった。一方、ミーアキャットやハダカデバネズミを対象にした研究では、仲直り行動などの対立解決行動はみられなかった。
仲直り行動の例にみられるように、群居性動物における社会行動は種間で大きく異なる。それぞれの種における社会行動の様式は、生態学的環境への適応や系統的慣性によって規定されるのみならず、同種他個体との相互作用によって可塑的に変化する。複数の進化生態学的要因が複雑に絡み合って形成される社会的多様性を還元的に理解することは可能だろうか。そのような試みのひとつとして、発表者は「繁殖の偏り」(繁殖成功が群れ内同性個体間でどのように分布するか)に注目している。たとえば、仲直り行動の生起に関して種間比較を行うと、繁殖の偏りが強い種において対立解決行動は存在しないというパターンが明らかになった。本例が示すように、社会行動の多様性は少数のパラメーターによって整理することが可能なのかもしれない。