| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


宮地賞受賞記念講演 4

生息場所の分断化がイワナ(サケ科魚類)の個体群に与える効果

森田健太郎(北海道区水産研究所)

生息場所の分断化は、生物多様性に深刻な影響をもたらすことから、保全生態学の重要な研究課題となってきた。とくに川に生息する魚類は、ダムや堰という常習的な環境改変によって、生息地の分断化が生じやすい生物といえる。戦後、日本の渓流には治山砂防のためにダムが多数設置され、魚類の遡上を妨げる場所が多くなった(写真)。演者は、北海道のイワナを中心に、このようなダムによる川の分断化がサケ科魚類の個体群に与える効果について研究を行ってきた。

イワナには、川で一生を過ごす残留型と、海へ回遊し大型化する降海型の生活史二型が見られるが、降海型はダムの上流で繁殖できない。ダム上流部から海へ下る個体は、通常の1割ほどに低下しており、ダムの上流部では海へ下る性質が低下したことが分かった。しかし、ダム下流由来の個体をダム上流部に移植すると、その多くが海へ下らずに残留型となり、生活史の変化は可塑的な部分が大きいことが分かった。これは、降海型の消失による自種の密度低下に起因する移動性の低下と考えられた。ただし、同一環境下においても、ダム上流由来の個体ほど僅かに下流方向へ移動しにくい傾向にあり、移動性に一定の遺伝的変化が生じていることも示唆された。

ダムが設置され、降海型が遡上できなくなった場合でも、サケ科魚類は残留型のみで個体群が維持される場合がある。しかし、ダム上流に生じた小さな個体群は、個体群サイズの縮小や遺伝的多様性の低下によって、絶滅リスクが高まることが予測される。ダム上流部においてイワナ生息の有無を調べた結果、流域面積が小さく、設置年が古いダムの上流部において、イワナが生息しないことがあった。設置年の古いダム上流部では、その下流部よりも遺伝的多様性が低くFAも高かったが、それらと適応度形質に明瞭な相関はなかった。一方、個体群存続可能性分析の結果、流域面積が非常に小さいという条件では、人口学的確率性と環境確率性の作用により絶滅が生じることが示唆された。

ダムの影響というと、短期間で表面化しやすい環境変化(水温、底質など)に着目したものも多い。しかし、いくら自然環境が豊かでも、その下流に魚の上れない壁があるかないか、つまり海への回廊が閉ざされているか否かはサケ科魚類の運命を大きく左右するといえるだろう。

知床半島を流れる河川に設置された落差2mの砂防堰堤(掛かっている木材は仮設魚道)。魚類が流下することは可能だが、遡上することは不可能。

日本生態学会