| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第56回全国大会 (2009年3月,盛岡) 講演要旨 |
企画集会 T10-2
近年,日本海側地域を中心に被害が多発しているナラ類集団枯死被害は,カシノナガキクイムシが媒介する病原菌Raffaelea quercivoraによって引き起こされる萎凋病である.本病の防除方法を確立するためには,病原菌の伝搬様式を解明する必要がある.そこで,病原菌と媒介昆虫のマイクロサテライトマーカーを開発し,これを用いて,ナラ類集団枯損被害林分における病原菌と媒介昆虫の遺伝的構造を解析した.病原菌と媒介昆虫のDNA多型から,それぞれの遺伝的構造を,1本のキクイムシ坑道から130 kmあまり離れた地域間レベルまでの様々なスケールで調査した.その結果,病原菌は,1本の坑道内に複数の遺伝子型の菌株が存在しており,坑道内には遺伝的に異なる複数の菌が生息していると考えられた.また,病原菌は樹木個体内,林分内,地域内,地域間のいずれのスケールでも分化しておらず,広い範囲で遺伝的に多様であり,一方の媒介昆虫も,樹木個体内から地域間までのいずれのスケールでも分化しておらず,任意交配していると考えられた.したがって,病原菌と媒介昆虫は,広範囲で互いに同調しながら多様性を維持していると考えられた.
養菌性キクイムシとアンブロシア菌は,キクイムシが菌の伝搬を担い,菌は食糧として利用されるという共生関係を築いていると言われている.しかし,本菌は媒介昆虫の食糧として利用されていないといわれており,キクイムシとの共生に果たす役割は不明である.遺伝的多様性の解析では互いに同調していることから,両者の間には密接な関係があり,媒介昆虫は病原菌を樹体内の坑道という安定した環境に運ぶだけでなく,その遺伝的な多様性を維持する役割を担っている可能性が示唆された.