| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨


シンポジウム S12-2

人間活動が誘引する感染症−新型インフルエンザ、BSE、抗生物質耐性菌を例に

梯 正之(広島大・院・保健学研究科)

近年,さまざまな新しい感染症が出現し,人類にとって大きな脅威となっている。ここでは,これら新興感染症の背景や対策について検討する。

まず,医療の世界では,薬剤耐性菌の問題があげられる。抗生物質の安易な使用が薬剤耐性菌の出現をもたらした。耐性菌に感染した患者では死亡する例も出ている。しかし,抗生物質の使用を控えると耐性菌は消失してゆく。

食の世界では,食肉産業の問題がある。家畜が高密度で飼育され,いわば工場のような環境の中,きわめて「効率的」に食肉が「生産」される。子牛に,牛乳は与えず,肉骨粉のような代用となるタンパク質を与えて肥育することが,狂牛病の原因になったと考えられている。鳥や豚から新型インフルエンザが出現する背景にもこのような大規模で工業的な畜産システムの普及があるといえよう。一方,野生動物なら安全とも限らない。AIDSもSARSも野生動物を食用とすることとの関連が指摘されている。

どんな生き物も感染症・寄生者から無縁ではあり得ない。環境の変化が新しい種の進化を可能にする。そして,ホストとパラサイトの関係は,進化的な調整の下にある。簡単な理論モデルからもその本質がよく理解できる。このような観点から医学の問題を再検討することが,ダーウィン医学として近年注目を集めている。常在菌・腸内細菌など,微生物との関係は寄生や感染症に限らず,常在菌が有害菌の侵入を阻んでいるとの見方もある。このような,古いつきあいの感染症と生態学的に安定な平衡状態を保つことが予防につながるのだろうか?新しい技術の応用による環境の変化が生む「ニッチのすきま」を「目張り」し、慣れ親しんだ関係を土台にした人間と病原体の生態学的関係の再構築が必要である。


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