| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨 |
企画集会 T27-5
概して湿潤な気候下にある日本列島においても、火は最終氷期以降の植生史の中で、大きな影響力を持ち続けてきた。火の入りやすさ(火入れのしやすさ)は、気候や地形に大きく依存している。このことが、現在の日本列島における二次的な植生景観に形成に果たしてきた役割を、事例を通して紹介したい。
降水は火の入りやすさに影響し、積雪は延焼をはばむ。日本列島では、4月から5月にかけての梅雨入り前の小乾燥期に、年間の山火事の大半が集中する。この時期に残雪が残る地方では、山火は拡大し難いであろう。草地的な環境に依存して個体群を維持してきたシラカンバは、東北地方日本海側の多雪地帯で分布を欠く現象が認められる。このことは、春に火入れしにくいこの地方の山地では、草地利用が発達しなかったことに起因するものと考えられる。一方で消雪が早く、梅雨入り前に乾きやすい信州や太平洋側の山地では、草地は広い面積で維持されてきたが、そこではシラカンバも広く分布している。
火の延焼を阻む残雪の消失時期は、同じ地域でも地形により異なる。そのために景観スケールでは、火の入りやすさは、地形に応じたパターンを持つ。雪が遅くまで残る北向きの渓谷部では延焼しにくく、消雪が早い南斜面や尾根上では延焼しやすい。北上山地では、このことが火入れにより形成され維持されてきた草地の分布パターンを規定しているものと思われ、草地は南向き斜面や尾根上に偏って発達し、一方で北向きの渓谷部には老齢な天然林が残存する。
火は植物にとって最も激しく、また規模も大きな撹乱である。気候や地形に依存した火の入りやすさのパターンは、そこに生育する植物種にとって、撹乱様式の違いのパターンでもある。そのような撹乱様式の違いが、その場に生育する個体群を選択するという過程をとおして、火は、現在の二次的な植生景観の形成に、重要な役割を果たしてきたのであろう。