| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年4月,東京) 講演要旨 |
宮地賞受賞記念講演 2
生物は、他種と関わりを通じて自然選択圧を及ぼし合い、刻々と変化(進化)している。移ろいゆく生物的環境の直中で生き残るには、立ち止まらず、共進化し続けなければならない(「赤の女王仮説」)。
従来、生態学における議論のほとんどが、「生物の性質(形質)は変化しない」ことを前提に組み立てられてきた。しかし、近年、微生物を用いた室内実験によって、進化的変化が個体群動態などの生態学的な動態と同じ時間スケールで起こり得ることが示され、野外の生物群集における進化の役割を解明することが望まれている。
私は、ヤブツバキとツバキシギゾウムシの相互作用をモデル系として、自然界における生物間の共進化過程が、時間的にも空間的にも極めて小さなスケールで変動することを実証してきた。このゾウムシは、極めて長い口吻でツバキの果実を穿孔し、種子内に産卵する。これに対し、ツバキは果皮と呼ばれる分厚い防衛壁をもっており、果皮が厚いほどゾウムシの口吻が種子に届きにくい。
一連の室内実験および野外観察から、ツバキとゾウムシが互いに強い自然選択を及ぼし合い、ゾウムシの口吻長とツバキ果皮の厚さの間で急速な「軍拡競走」が起こることが推測された。また、両者それぞれの形質は数km離れた個体群の間でも分化しており、共進化の動態が地理的に変異していることが明らかになった。
以上を踏まえ、共進化過程を地理的に比較したところ、気候が温暖な局所個体群ほど、ツバキの果皮が厚く、ゾウムシの口吻も長いという明瞭な傾向がみられた。この気温と軍拡競走の進行レベルの間に見られる関係から、気候環境の変化が共進化のレースを促進すると推測される。この軍拡競走が高いレベルにまで進行した個体群では、ツバキの果皮厚に対してゾウムシの口吻が相対的に短く、ゾウムシによる穿孔が種子まで届きにくくなっていた。また、そうした個体群では種子の食害率も低下しており、ゾウムシの個体群が縮小している可能性が示唆された。生物間の相互作用では、相手の進化についていけなくなった方が絶滅のリスクを負うものと考えられる。
生態学は、生物群集や生態系における進化の役割を、本腰を据えて解明すべき時に来ている。共進化の研究を通じて、進化生物学と群集生態学を統合することが望まれる。
ヤブツバキの花(左図); ツバキシギゾウムシ(中図); ツバキ果実の断面(右図)に、雌 ゾウムシが開けた穿孔(右下の2 本の細い線)とゾウムシ幼虫の脱出孔(右上)が見られる。