| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨


シンポジウム S08-6

生物文化多様性の視点からの保全生態学

湯本貴和(地球研)

生物多様性といえば、これまで原生的な自然に住む生物のことを中心に論じられる場合がほとんどであった。熱帯雨林の減少で絶滅しそうな類人猿や希少な鳥類などが、報道でも大きくクローズアップされている。日本でも屋久島や知床のような原生的な自然が、特権的な価値をもつものとして語られてきた。では人間のインパクトが与えられた、いわゆる二次的な自然は、生物多様性について論ずるに価しない二流の自然なのか。いや、わたしたちの回りの自然こそが、わたしたちにさまざまな生態系サービスを与えてくれる「本当の自然」ではないのか。遠くのwildernessよりも近くの里山。そこには人間が育ててきた作物や家畜、半栽培植物を含めた生物多様性と文化が、そして「自然の恵み」が満ち満ちているではないか。どこの国や地域でも、文化はそれぞれの地域の生物多様性に依存して育まれてきた。文化多様性の源泉は、そこに生息する動植物を含めた地域の風土である。ところが、この「本当の自然」の大切さを語ることばを、わたしたちはじゅうぶんに醸成してこなかったのではないか。生物多様性条約では、1)保全、2)持続的利用、3)生物資源からの利益の公平・衡平な分配が、3本柱になっている。この3つは、異なる価値観をもつさまざまなステークホルダー間では、持続的な利用と経済的・文化的な利益なしでは保全は担保されず、利益の公平・衡平な分配の確保こそが特定のセクターによる過剰利用を防止して持続的な利用・管理を導きだし、持続的な利用の前提には適切な保全があるという、相互に依存しあう関係となっている。人間が生物資源を利用してこそ、保全が成立するという考え方にたつと、二次的な自然の役割と意義がよく理解できる。身近な「自然の恵み」を十分に活用すること、そして祖先から受け継いだ「自然の恵み」の利用法を学ぶことが、環境負荷が低く、しかも豊かな生活の第1歩ではないだろうか。


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