| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第59回全国大会 (2012年3月,大津) 講演要旨 |
大島賞受賞記念講演 2
私たち「ヤクザル調査隊」は、毎年夏にボランティア調査員を募って、屋久島のニホンザルを対象に、 個体数調査を続けてきた。簡単には出会うことのできない、屋久島の深い森に住む、寿命の長い対象 を相手に、20 年以上に渡り、何百人もの人々と取り組んできた過程で見えてきたのは、何が動物の数 を決めるのか? という、単純な問いへの答えと、不均一な環境下で、長期かけて変動していく、動物 の個体群や社会の動態だった。
屋久島は2000m 近い大きな標高差に沿って環境が変動する。1974 年以来、西部海岸でニホンザルに ついて多くの研究が行われているが、植生の垂直分布に対応してサルがどう暮らしているかは、長年 謎だった。「ヤクザル調査隊」は、屋久島全体でのニホンザルの分布の解明を目的に、1989 年に結成さ れた。1997 年までの結果をもとに、標高による生息密度の変異と、生息環境との関係を検討すると、 食物環境の季節変化の強さではなく、年間の食物生産の総量が、サルの数に対応していた。
食物供給は季節により変動するので、ニホンザルのように、休眠もせず食物不足を乗り切る動物で は、食物のどの側面が個体数を制限するのかは自明ではない。屋久島のニホンザルは秋に果実を食べ、 それを食べつくすと、冬には栄養的に低質な常緑樹の成熟葉を採食する。屋久島の垂直分布に関する 結果は、ニホンザルは冬を乗り切るのに、冬に食べる葉だけではなく、秋に果実を食べることで蓄積 した脂肪を消費することから説明できる。わたしは、さらに日本全国の資料を比較し、冬の食物条件、 つまり脂肪蓄積の必要量が違う照葉樹林帯と落葉樹林帯で、サルの密度が一貫して異なることを示し た。また、全世界の果実食霊長類群集にまで比較対象を広げ、食物供給の季節性の動物の数への影響を、 一般化することができた。
一方、「ヤクザル調査隊」は、1998 年以降、屋久島上部域で恒久調査地を定め、ニホンザ ル個体数と社会の長期変動を明らかにする体制を整えた。すでに長期調査が行われている 海岸部と比較し、果実生産が乏しい上部域では、異なるサイズの群れが安定して共存して いる一方で、果実生産の豊かな海岸部では、大きな群れだけが一方的に有利になり、群れ の分布が年によって大きく変化するという違いが明らかになってきた。
「ヤクザル調査隊」キャンプでの風景 |