| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第60回全国大会 (2013年3月,静岡) 講演要旨 ESJ60 Abstract |
シンポジウム S12-6 (Lecture in Symposium/Workshop)
腫瘍とは、①DNAに変化のある、②一つの自己再生産細胞に由来するクローン性の細胞集団であり、③ゲノム不安定性によりDNA変化が蓄積し、進化していく。そのうち、ゲノム変化の蓄積が目立たず、生長が頭打ちになるのが良性腫瘍。一方、がん(悪性腫瘍)は指数関数的に生長する過程で多くの変異を蓄積し、最後は長距離分散に似た「転移」に至る。したがって、腫瘍の中で生物の「クローン性繁殖」と「遺伝的変異を伴う長距離分散」に似ているのは、良性腫瘍とがんの転移である。生長の自律性が獲得されるがんの原発巣では、環境の撹乱の影響は大きくないが、転移が成立するかどうかには組織環境が大きく影響する。良性腫瘍の場合、どこまで大きくなってプラトーに達するかは、環境や遺伝的素因によって決まる生長関数のパラメータによって変動すると考えられる。また、パラメータによっては、良性と悪性の中間的な、ゆっくりと、しかし着実に生長し、クローン性進化により悪性度を増すような腫瘍、いわゆる「早期がん」になることもある(未分化型早期胃がん)。この進化の過程では、腫瘍内のDNA変化の空間分布をマップすることで、変化の起こった時間順を推定することができる。しかし、形態的にがんと言える腫瘍の中にも、振舞いは良性腫瘍に近く、ほとんど進行がんにならないもの(分化型早期胃がんの約70%)や自然治癒するもの(3倍体の神経芽細胞腫)が存在する。また、抗がん剤による癌の治療では、ゲノムの安定な正常細胞もがん細胞も著減させては回復競争をさせることを繰り返し、DNAの修復能力の低いがん細胞を淘汰する戦略をとるが、一方で治療抵抗性のがん細胞の進化を誘発することになる。それぞれの例にみられるクローン生物とがんとの意外な共通性が、表面的なものか本質につながるものかについて話題を提供したい。