| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第61回全国大会(2014年3月,広島) 講演要旨 |
日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演 3
調査地まで出かけていき、野外で生態・環境データを収集することは生態学研究の基礎であり、楽しみでもある。しかしながら、野外観察により得られるデータは時に独立でなく、また無視できない程度の観測誤差が含まれている可能性がある。このような野外データから信頼できる推測を行うためには、データの時空間的な関連や観測過程を適切に考慮することが重要である。近年、自然の動態と観察者による観測過程の両方を明示的に考慮した統計モデルが多く用いられるようになってきた。このような統計モデルは広く「状態空間モデル」と呼ばれ、系の動態を表す「プロセスモデル」と観測過程を表す「観測モデル」という2つの構成要素によってデータが従う確率分布を表現する。このような枠組みはデータに含まれる観測誤差を考慮して背後にある生態的過程を推測するのに有用である。
私は個体群時系列データと個体群動態に関する数理モデルをプロセスモデルとして含む状態空間モデルを用いて、海岸生物の個体群動態を決定する生態的過程の解明を試みてきた。フジツボ類を対象に個体群増加率の決定に関与する密度依存的過程と密度独立的過程の季節性やその空間変異性の詳細を明らかにするとともに、潮だまりに生息するカイアシ類を対象に個体数の変動が潮だまり水量の変化と密度効果の相互作用によって決まることを明らかにした。
状態空間モデルを用いて野外データと数理モデルを関連させるためには観測モデルに注意することも重要である。プロセスモデルに仮定される数理モデルのパラメータ推定は、観測誤差に対して頑健でない場合があるからである。私は固着生物群集の占有動態データから、群集構造に依存した観測誤差を考慮して群集動態を推定するための新しい統計モデルを提案した。
生態学は野外での観察や実験に基づく発見が学問の基礎にある一方で、数理モデルによる演繹的なアプローチも重要な役割を果たしている領域である。系の動態と観測過程を考慮した統計的アプローチは観察データの背後にある生態的過程を浮き彫りにするとともに、数理モデルとデータを関連させることによって理論と実証の融合を可能とし、新しい知識の発見を促すだろう。しかしそのためには、(1)系の動態をよく近似する数理モデル、(2)観測過程をよく近似する観測モデル、(3)適切な調査デザインによって得られたデータの3つの要素がいずれも重要となるだろう。