| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第62回大会(2015年3月,鹿児島) 講演要旨 |
日本生態学会宮地賞受賞記念講演 3
ヒトの心臓、ヒラメの眼、フクロウの耳…。左右の非対称性は、実にさまざまな動物の体に見られる現象である。しかしながらこうした顕著な例ですら、なぜ進化してきたのかは、ほとんどあきらかにされていない。なかでもカタツムリには、あからさまに非対称な「巻き型」の謎に加えて、「巻き型の左右逆転」という進化の謎がある。左巻きカタツムリは、種数のうえで多数派である右巻きカタツムリから、幾度となく独立に進化してきた。ところが、突然変異で生まれてきた左巻き個体は、まわりの右巻き個体とうまく交尾できないということが知られている。左巻きカタツムリの起源に際して自然選択説がまっさきに予測するのは、左巻き突然変異個体のすみやかな排除である。それにもかかわらず、繁殖上の不利を乗り越え、なぜか左巻きのカタツムリは進化してきた。「左巻きカタツムリの起源」は、何十年もの間、進化生物学者たちの挑戦を跳ね除けてきた難題だった。
私は、右巻きカタツムリの捕食に長けた捕食者が存在するのではないか、そしてそのせいで左巻きカタツムリが適応的に進化できたのではないかという仮説を立て、検証を進めた。注目したのは、カタツムリばかりを食べるという変わったヘビだった。これまでの研究により、ヘビの歯の数が左右でまったく違うことや襲われても左巻きのカタツムリが生き延びられること、両者の世界的な分布が見事に重なっていることなどが判明し、この「右利きのヘビ仮説」はほぼ実証された。
左巻きカタツムリの起源は、「ドブジャンスキー‐マラー型の2遺伝子座モデルやその拡張では説明のつかない内因的生殖隔離機構による種分化」と言い換えることができる。この研究は、単一の適応的な遺伝的変異が多面発現によって種分化を引き起こす場合があることを実例をもって示すことにより、理論のほころびをひとつ解消したとして進化生物学の体系にながく位置づけられるだろう。また同時に、幸いなことにこの研究は大学入試センター試験の設問に応用されるほど人口に膾炙するに至った。ここで強調したいのは、自然史から新たな知見を見出し、それを科学の流儀に則って一般化することと、それを社会に敷衍することの意義である。本講演では、以上の研究のあらましを紹介するとともに、自然史研究の価値について幾ばくかの話題を提供したい。