| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第62回大会(2015年3月,鹿児島) 講演要旨 |
日本生態学会大島賞受賞記念講演 1
植物の開花・結実は、植物自身が次世代の子孫を残す重要なイベントであるだけでなく、送粉者や種子捕食者に貴重な活動源を提供し生物多様性を支える基盤としての役割も担う。植物個体群の各個体の種子生産が一定の空間スケールで同調しつつ大きく年変動する現象は、種子生産の豊凶あるいはマスティングと呼ばれる。この現象は熱帯から温帯まで様々な植物で見られ、古くから様々な分野の研究者の興味を惹きつけてきた。これまで、マスティングについては、その意義を進化生態学的な視点から解釈しようとする研究(例えば「捕食者飽食仮説」など)が多かった反面、マスティングそのもののメカニズムの解明に踏み込んだ研究は少なかった。理論的には、種子生産の豊凶変動を植物体内の資源量の時間変動から説明しようとする資源収支モデルなどが提示されている。しかし、樹木の貯蔵資源量を直接測定することは困難であり、さらに長期にわたる豊凶の観測データをも加えてアプローチした研究例は極端に少ない。本研究では、光合成産物や窒素などの資源の樹体内における配分と貯蔵の定量的な解析を通して、マスティングの生理的機構の解明を目指してきた。
苗場山のブナ林においては、多数のブナ個体に梯子を取付けて樹冠へのアクセスを可能にし、結実個体と非結実個体の成長または繁殖への資源配分パターンを比較することで、窒素供給不足が花芽の分化を阻害したことを解明した(Han et al 2008)。また結実した年の翌年には、枝の窒素濃度が低下したことを明らかにした(Han et al. 2014)。これらの結果は、窒素資源量がブナの種子生産の豊凶を制限する要因であることを示唆するものである。
またバーゼル大学との共同研究では、高木性樹種3種の成木に対して13Cラベリング法を用いることで、種子生産の炭素源が貯蔵炭水化物ではなく、当年の光合成産物であることを初めて野外で実験的に実証した(Hoch et al 2013)。さらに、ヨーロッパブナ成木を対象にしたCO2付加実験にも取り組み、樹木の種子生産と栄養成長への資源配分のバランスが、将来の高CO2条件下で変化する可能性を明らかにした(Han et al. 2011)。
結実豊凶現象は2世紀以上にわたり神秘のベールに包まれていたが、近年の研究で次第に明らかになりつつある。