| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第62回大会(2014年3月,鹿児島) 講演要旨 |
日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演 4
近年になって、短い時間スケールで起こる適応進化(対立遺伝子頻度の変化)が、個体数変動・群集構造・生態系機能といった生態学的プロセスに影響することが明らかになってきた。これによって適応度地形が変化してさらなる進化を駆動するため、進化と生態の間に強い相互作用が生じる。このような「生態—進化フィードバック」研究は、生態学と進化生物学という2つの研究分野の統合を目指しつつも、おもに生態学者が取り組んできたため、「表現型レベルの適応の有無」に注目が集まり、適応が起きるメカニズムの重要性は見過ごされてきた。
そこで私は、理論的な手法をもちいて、適応メカニズムが生態—進化フィードバックに及ぼす影響を明らかにしてきた。まず、プランクトンの捕食者—被食者系モデルにおいて、被食者の対捕食者防御の適応が、遺伝子頻度の変化による「迅速な進化」で起こる場合と、単一の遺伝子型が環境変動に応じて表現型を可塑的に変化させる「表現型可塑性」で起こる場合とを比較した。これらは表現型レベルでは同一視されがちであったが、可塑性の方が個体群動態を安定化させやすいこと、可塑性自体が迅速に進化して複雑な生態—進化フィードバックを生み出しうることを明らかにした。さらに、迅速な進化モデルにおいて、遺伝的変異の導入タイミングによって異なる動態が導かれることを示し、変異が生み出されるプロセスを理解することの重要性を提案した。
次に、形質をコントロールする遺伝子の数の影響を、右巻きのカタツムリを食べるヘビとカタツムリの系にもとづく理論モデルにおいて検討した。1遺伝子によってカタツムリの殻の巻き方向が逆転し種分化が起きるプロセスを明らかにした後、捕食者—被食者系の共進化が量的形質とメンデル形質の間で起きる場合を調べた結果、量的形質間・メンデル形質間の共進化では見られないような、カオス・双安定性・捕食者の絶滅といった複雑な動態が現れることがわかった。
これまでの生態学においては、適応の遺伝的なメカニズムをブラックボックスとして扱うことが多かった。これによって細部にとらわれず、大胆な発想が可能になった側面もある。しかし、これからの生態学では、近年大幅に発達しつつあるゲノミクスの手法を取り入れ、生態学的に重要な形質の遺伝的な側面に踏み込むことで、ブレイクスルーを生み出す可能性もあるのではないだろうか。