| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-C-101  (Poster presentation)

苔を喰むアブ(双翅目シギアブ科):食性の転換に伴う幼虫の口器形態の進化

*今田弓女, 加藤真(京都大学・院・人間・環境)

双翅目(ハエ・アブ類)は進化の過程で極めて多様な生息環境に進出しつつ、食性の変更を繰り返してきた。こうした進化的背景を反映して、双翅目の幼虫の形態は昆虫の中でも特に多様である。初期に出現したアブ類(直縫短角群)の幼虫は大部分が昆虫捕食性であり、一般に捕食に適した口器を持ち、つるぎ状の大顎を獲物の体に突き刺し、大顎の口側にある溝を用いてその体液を吸う。そうしたアブ類の一員であるシギアブ科の幼虫期の食性は変異に富み、昆虫捕食、腐植食、朽木食の種とともに、コケ(セン・タイ類)を専食する種がいる。
本研究では、シギアブ科が植食性を獲得する際にどのような形態的変化が伴ったかを明らかにするため、コケ食者の生活史と幼虫の形態を調べた。特に幼虫の口器形態に着目し、摂食行動の観察に基づいてその機能形態を推測した。Spania属およびLitoleptis属の幼虫はタイ類の組織内部に潜葉し、Ptiolina属はセン類の茎に潜孔することが分かった。また、タイ類潜葉者は、大顎の下部の突起で植物組織を噛み砕いた後、その破片を組織中の液体とともに大顎背面の穴から吸い込むという特異な方法によって摂食していることが明らかになった。
さらに分子系統解析の結果により、シギアブ科において腐植食性、セン類の外部食、タイ類潜葉性の順に分岐が生じたことが示された。この結果から形態進化を再構築したところ、コケ外部食の進化に伴い、捕食に適した構造とされるmandibular brushの喪失と大顎の口側の溝の退縮が生じた後、潜葉性の進化に伴い、陸上生活での匍匐運動に適した体表構造であるcreeping weltsを喪失するとともに大顎背面の穴を獲得したことが示された。シギアブの潜葉性の獲得において、溝を用いた吸汁という祖先的な捕食者の摂食方法が、特異な口器の進化に強い影響を与えたと考えられる。


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