| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


シンポジウム S12-3  (Lecture in Symposium)

人はなぜ、森で感動するのか: 人と自然のかかわりの多面性にいどむ

*伊勢武史(京都大学)

私は森の自然が好きだ。だから生態学者になった。こんな私に同意してくれる人は多いだろう。一方で、生態学者の仕事は、客観的事実を論文に書くこと。「森が好きだ」なんて個人的な感想を学術論文に書くことなんて許されない。日ごろは胸に秘められるだけのこの愛を、正面から見つめる研究をはじめている。考えてみてほしい。なぜ人は、(生態学者になって一生を捧げるくらい)自然に興味を持つんだろう。あるいはなぜ、人は街に公園をつくったり、オフィスに観葉植物を置いたりするんだろう。確かに、大なり小なり人間は、森や植物を愛している。人間のこのような心理的傾向は、進化心理学で説明することが可能かもしれない。進化心理学は進化生物学の一分野であり、人間の身体だけでなく、こころも生物進化によってかたちづくられているという仮定を出発点としている。進化心理学にもとづけば、「森が好き・自然が好き」という形質は、旧石器時代の人類の生存と繁殖に寄与したがゆえに、人種や国籍を問わず現代の多様な人々に受けつがれているのである。また、人間が普遍的に持つ宗教心なども、進化心理学からの説明が可能である。以上のような哲学的な思索だけでなく、森のなかでの心理を定量化する試みもある。近年の技術革新で生み出されたウェアラブルデバイスを用いることで、脳波・眼電位・姿勢・位置情報などをリアルタイムで記録することが可能となった。これらのビッグデータは、人間の普遍的な性質を暴き出す可能性を持っている。このように、人間自身を研究対象とすることで、人と自然の関係性が明らかになることを期待している。日ごろ生態学者が他の生物を観察し、研究するように、私たちの持つ知識をフル活用して、人間にいどんでみよう。それは、今後の自然保護・環境保全にも役立つことだろう。自然への感動なくして、自然保護など成り立たないのだから。


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