| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨 ESJ64 Abstract |
第21回 日本生態学会宮地賞受賞記念講演
かつて和田英太郎先生らが、安定同位体を用いた食物網の研究手法を、1980年代に世界に先駆けて確立した。これ以降、多くの研究者たちの努力と分析機器の技術革新があいまって「安定同位体生態学」はその裾野を大きく広げた。さらに近年になって、炭素・窒素以外の軽元素・重元素の安定同位体比、放射性同位体比、そして有機化合物(分子)レベルの各種同位体比など、さまざまなツールが登場し、生態系研究を盛り上げている。しかし、ここで立ち止まって考えたい。今後、同位体「手法」に立脚した研究は、はたして偉大な先達が残した業績を超えられるほどのブレイクスルーを、生態学会、ひいてはサイエンス全体にもたらせるのであろうか。
巨人の肩の上に立ちながら、これまで演者は共同研究者とともに、放射性炭素14(14C)の天然存在比や、アミノ酸、クロロフィルといった有機化合物レベルの同位体指標を、生態系の研究に応用してきた。おもに分かったことは:(1)河川の水生昆虫や魚類は、地質や土壌に由来する、14C年代のきわめて古い炭素を利用している;(2)アミノ酸の窒素同位体比から、生物の栄養段階を高精度に推定することができる;(3)クロロフィル aの各種同位体比から、一次生産者に由来するエネルギー流を正確に見積もることができる;そして(4)アミノ酸の14C年代は、生態系のリサイクル指標になるかもしれないなどである。
演者の研究スタイルは、生態学の王道を行くものではないかもしれない。また、分析点数を稼げないことは、近年流行の大規模データ解析ともなじまなさそうである。しかし、14Cや分子レベル同位体指標は、生物組織全体の炭素・窒素安定同位体比によって理解されてきた、従来の物質循環像を描き直すことで、現代生態学の重要な課題(たとえば、変動環境下での生物多様性と生態系機能との関係の解明)に、近い将来せまれるようになるかもしれない。一方、地球化学や人類学といった、同位体研究が技術的な意味で先行する別の学問分野への応用例を見習い、生態系の研究にも新しい同位体指標を積極的にとりいれることは、次世代の生態学が進むべき道の一つとも考えられる。本講演では、生態学にバックグラウンドを置きつつも、学際的な研究領域でもがきながら生きる演者の研究について、紹介したい。