| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨 ESJ64 Abstract |
第5回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演
この度は日本生態学会奨励賞(鈴木賞)という身に余る栄誉を頂戴し、皆様の御厚意に深く感謝申し上げます。私は数理モデリングを使って、環境変動下での最適性や進化の問題を研究して参りました。その中でも「エージェントモデルによる周期ゼミ(素数ゼミ)の周期性進化の再現」は、生態学会でも多くの方から反響をいただきました。
周期ゼミの説明を簡単にすると、北米では13年もしくは17年に一度、同時羽化によって大発生するセミ(蝉)が生息しています。このセミは素数周期で発生することから、「周期ゼミ」あるいは「素数ゼミ」と呼ばれており、なぜ現在のようなセミが誕生したのかは大きな謎です。
私は2011年に、当時の指導教官であった吉村仁教授(静岡大学)と共に渡米し、二ヶ月に渡り周期ゼミを採集に参加しました。これをきっかけに、周期ゼミの周期性の進化をコンピュータ上で再現する仕事に取り組むことになりました。大発生する周期ゼミに実際に触れてみると、一見全て同じに見える蝉にも個体差があることが分かります。数理モデルでは個体差無しの設定がなされているものも多く、その理由は解析が単純化されるため、比較的容易に結果を導出できるからです。しかし、実際には環境変動(環境のバリエーション)と個体差(個体のバリエーション)という二重の変異が大きなシステムを構築しています。これらを別々に取り扱ってしまっては、一つの塊としてのシステムの挙動を捕らえられない部分があることに気付きました。
私は帰国後、エージェントモデルを構築することで、気温の上下という環境変動に加えて、蝉の一匹一匹に関して成長度合いに個体差を導入し、周期ゼミの周期性獲得の様子を世界で初めて再現することに成功しました。これにより、氷河期という環境変動が進化を引き起こす重要な要因であることを示すことができました。
これらの経験から、私は理論研究と実証研究の統合的な理解が重要だと感じています。また今後、一つの大きな塊としての相互作用・システムの挙動を再現することで、多くの生態学的疑問に答え、生態学分野に貢献していく所存です。現所属の長崎大学熱帯医学研究所でも、ヒトの個体差や、抗生物質と薬剤耐性菌進化の関係など、複雑な相互作用を盛り込むことで、生態学的な視点から人類の直面する様々な問題に挑戦していきたいと考えております。