| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


第5回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演

海洋島に生息する絶滅危惧鳥類の生態解明:分子生物学的アプローチ

安藤 温子(国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター)

 海洋島はその特殊な生物相から、多くの生態学者を魅了してきた。一方で、人為撹乱に脆弱な海洋島は絶滅危惧種のホットスポットでもある。近年は生物多様性の保全に対する社会的理解が進み、絶滅危惧種の生態解明に対するニーズは大きいと考えられる。しかし、上陸困難な海洋島に生息し、かつ個体数の少ない絶滅危惧種について、十分な観察データを得ることは非常に困難である。そこで私は、最新の分子生物学的手法と野外調査を組み合わせ、小笠原諸島に生息する絶滅危惧鳥類の移動分散と採食生態を明らかにすることを試みた。
 多型性遺伝マーカーを用いた遺伝構造解析から見えてきたのは、対象種の高い移動分散能力であった。かつては飛翔能力が低いと考えられてきた固有亜種アカガシラカラスバトについて、約150km離れた小笠原群島、火山列島の島間における遺伝子流動を検出した。さらに、生息地が350km以上離れた亜種カラスバトとの交雑も確認した。生地回帰習性が強いことで知られるクロアシアホウドリについても、小笠原諸島の繁殖地間で十分な遺伝子流動が存在することを確認した。さらに、日本の繁殖集団からハワイ諸島の繁殖集団へ、方向性のある遺伝子流動を検出し、日本からハワイへの長距離移動分散が生じていることを示唆した。
  DNAメタバーコーディングに基づく食性解析により、アカガシラカラスバトの詳細な食物構成を明らかにした。また、この解析の過程で、小笠原諸島に生育する種子植物230種のDNAデータベースを独自に作成し、他の植食性動物の分析にも活用できる実験基盤を整備することができた。2年間にわたる毎月の糞採取と、生息地における結実調査の結果、食物の選択性を示しつつも、季節や島ごとに多様な食物資源を柔軟に利用する、アカガシラカラスバトの採食戦略が見えてきた。さらに、アカガシラカラスバトが、季節的に食物を外来種に強く依存することも明らかになった。
 分子生物学的手法を活用した一連の研究により、目で見ることの難しい、絶滅危惧種の様々な生態が明らかになった。これにより、単に対象種の保全策に必要な基礎情報が得られただけでなく、生物の移動と人為撹乱によって変化を続ける、海洋島の生態系の一端を垣間見ることができた。一連の成果が、海洋島における生物の進化過程への理解と、脆弱な生態系の効果的な保全に活かされることを期待したい。


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