| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨
ESJ65 Abstract


第22回 日本生態学会宮地賞受賞記念講演

複雑な生態系動態の理解と予測に向けた野外調査・実験・理論の協働

潮雅之(科学技術振興機構/京都大学生態学研究センター)

生態系は生物・非生物的要素の集合体であり、それらが互いに関連しながら時間変動することで系の動態(例えば生物の個体数変動や物質循環)を形作っている。多くの生態学者にとってこの生態系の動態を理解し、その変動を予測することは大きな目標の一つである。しかし、生態系の構成要素は多様であるが故に単一の手法・観点を用いた研究では生態系動態の理解に必要な情報が十分に得られないことがある。私はこれまで様々な観測・解析手法を統合し、多様な視点から生態系を眺めその動態の理解と予測に取り組んできた。多次元にまたがる手法、例えば野外調査・実験・理論的解析、それらの協働を通して見えてくる生態系動態の姿とはどのようなものだろうか?

私は大学院時代から主にマレーシア、ボルネオ島キナバル山の下部熱帯山地林で研究を行ってきた。この熱帯山地林では低地熱帯林にはあまり見られない球果類(マキ科)が優占しており、土壌の風化過程 (貧栄養化) に伴い球果類の相対優占度の上昇が観察される。本研究では土壌の貧栄養化と球果類の優占の関係を植物−土壌間のフィードバック作用という観点から説明を試みた。一つの森林生態系を野外調査、土壌分析、操作実験を介して眺め (データを集め)、統計解析というフィルタを通してデータを解釈した。その結果、球果類が自らの葉を樹冠下に落とすことで土壌の微生物群集や窒素循環過程に影響を与え、影響を受けた土壌は樹冠下の樹木実生に影響を及ぼしていることが分かった。さらに数値シミュレーションの結果、この植物−土壌間のダイナミックな相互作用がキナバル山熱帯山地林での球果類の優占に寄与していることが示唆された。野外調査・室内実験・理論研究の協働によりキナバル山熱帯山地林の動態を垣間見ることができた。

キナバル山での森林生態学研究に加え、近年は環境DNAや時系列解析という手法を通して生態系動態を眺めている。例えば、Empirical Dynamic Modelingと呼ばれる時系列解析法を利用し、定式化が困難である野外生態系の動態を柔軟に捉えようと試みている。さらに、この解析法を他の生態系観測手法と協働させ、複雑な野外生態系動態をより柔軟に捉えられるのではないかと考えており、その可能性を示した研究も紹介したい。本講演を通して、多様な視点の協働が多次元で複雑な野外生態系を理解するために有効であることを示したい。


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