| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨
ESJ65 Abstract


第6回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演

回遊すべきか、せざるべきか:サケ科魚類を用いて考える生活史多型の分岐機構

佐橋玄記(東京大学大学院農学生命科学研究科)

動物の回遊・渡りは、その神秘性や美しさによって古くから人々を魅了してきた。同時に、なぜ動物は回遊するのか、その進化的機構の理解に、これまで多くの研究者が挑んできた。回遊に関わる進化的機構を解明することは、個体の一生における回遊の役割や回遊に関わる生活史の進化を理解するために重要である。

個体群内に回遊を行う「回遊型」と回遊を行わない「残留型」の二型が生じるPartial migrationは、幅広い分類群の動物に見られる回遊様式の1つである。この回遊様式に関わる二型の分岐機構には、閾値形質を用いて解釈する理論があり、ある時期の体サイズや成長条件が閾値形質の値を超えるか否かによって、いずれかの生活史になると考えられている。しかし、閾値形質や二型の頻度に個体群間変異をもたらす進化的機構を調べた研究は未だに少ない。

まず演者らは、閾値サイズの位置が両生活史の適応度の変化とともに決まる、という概念モデルを提示した。その上で、閾値形質や二型の頻度に個体群間変異をもたらす進化的機構を調べることを目的として、北海道のサケ科魚類を用いて実証研究を行った。実証研究を行った河川の水系内には、2種が広く同所的に分布していた。この調査地の特徴を活かし、同時に異属2種の形質の変異に注目することで、選択圧に対する応答の種間共通性の検討を試みた。研究の結果、回遊の距離が長い個体群ほど閾値サイズが小さい、という種間で共通の傾向が認められた。これは、両種が共に、回遊のコストの増加に伴い、閾値サイズを小さくし、残留型を選択するように適応した結果であると考えられた。また、逆方向に作用する人為選択と自然選択に応じた閾値サイズの個体群間変異を示すことで、概念モデルの有効性を明らかにした。

個々の種において、多型の分岐機構を理解しようとする研究はこれまで数多く行われてきた。一方で、回遊を行う種に普遍的に適用可能な多型の分岐機構の解明を試みる研究は限られている。ここで示された概念モデルや回遊コスト仮説は、生活史多型の分岐機構を解釈するために一般的に用いられる条件依存戦略や回遊に付随して必然的に生じるコストに関する観点が織り込まれており、今後Partial migrationが見られる分類群に幅広く応用できるのではないかと考えている。


日本生態学会