| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨
ESJ66 Abstract


一般講演(ポスター発表) P1-441  (Poster presentation)

温帯域に生育する先駆的蘚類エゾスナゴケの光合成生産に及ぼす気候変動の影響予測 【B】
Predicting the Impact of Climate Change on the Production of the Moss Racomitrium japonicum in Temperate Region 【B】

*大崎壮巳(広島大学)
*Soushi OSAKI(Hiroshima Univ.)

コケ植物(蘚苔類)は周囲の水分環境によって細胞内の水分量が大きく変動する変含水性(poikilohydric)植物であるため、気候変動に伴う環境変化の影響を強く受けると考えられるが、温帯域のコケ植物に対する気候変動の影響を調べた研究は非常に少ない。エゾスナゴケ(Racomitrium japonicum、以下本種)は、温帯域を中心に分布する蘚類で、本種を含むRacomitrium属は低地から亜高山帯の遷移初期に優占し、有機物の蓄積や物質循環に重要な役割を果たすことが知られている。筆者らは、本種の光合成特性と微気象条件から生産量推定モデルを構築し、これをもとに本種の生育に及ぼす気候変動の影響を予測した。

調査地は広島県内の人為攪乱後に成立した、本種と各種草本類の混生群落に設置した。年間を通じて混生群落内のコケの表層温度・緑色部の含水率を測定し、気象庁のデータと関連付けてモデル近似を行った。また、赤外線ガス分析装置を用いたOpen-Flow法によって、光合成・呼吸活性の環境応答と季節変化を調べた。これらの結果をもとに、Uchida et al. (2002)を改変した生産量推定モデルを用いて本種の生産量を推定した。

生産量推定モデルによって、本種の2018年における生産量は約89 g m⁻² year⁻¹と推定された。季節間では春季に高く、冬季に低くなっていた。
気候変動の影響を予測するため、環境省の「気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018」に基づき、将来の気温上昇・降雨量の増加を考慮して、生産量をモデル計算した。その結果、温暖化によって冬季の生産量は増加すると予測されたが、年間では2018年よりも最大で約3割減少するという結果が得られた。これに対し、降雨量を増加させた際の生産量の変化はほとんどみられなかった。
以上の結果から、温帯域における気候変動の内、特に温暖化は本種の生育にマイナスに影響することが示唆された。このことは、温帯域の遷移初期の物質循環に強く影響する可能性があり、今後さらなる研究が求められる。


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