| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨
ESJ66 Abstract


シンポジウム S05-6  (Presentation in Symposium)

社会学習の集団レベルの効果に関する理論
Theory of population-level effects of social learning

*井原泰雄(東京大学)
*Yasuo Ihara(The University of Tokyo)

学習による行動の獲得は、時間的・空間的に変動する環境への適応と考えられる。学習のなかでも、他個体の存在を必要としない個体学習(例:試行錯誤)と、個体間での何らかの情報伝達を伴う社会学習(例:模倣)とが区別される。社会学習は、集団に保持される情報を個体が利用するための手段だととらえることもできる。個体学習に比べ、時間やエネルギーを節約できる一方で、適応的な行動を獲得できるかどうかは、集団に保持される情報次第である。特に、環境変動の程度が大きいとき、社会学習をする個体は、「時代遅れ」、「場違い」な行動を身につけやすい。
 また、社会学習により集団に保持される情報は、集団の「文化」を形成しうる。文化は、個体の生存や繁殖への影響を通じて、集団の小進化にも影響を与える可能性がある。この意味で、社会学習には、ニッチ構築としての側面があると言える。例えば、一部の動物では、配偶者選択の好みが、社会学習により個体間で伝達されると言われている。このような場合には、特定の集団の雌のなかでどのような好みが普及しているかが、同じ集団の雄の繁殖成功を左右し、ひいては雄の形質に作用する淘汰の働きを決定する要因になりうる。
 さらに、最近の研究では、社会学習の効果が、種間の相互作用を通じて、他種にまで及ぶ可能性が指摘されている。具体例としては、捕食・被食関係にある二種の相互作用で、捕食種の個体による社会学習が、被食種の集団における警告色の進化を促進するという議論が挙げられる。捕食種の個体が、自分の経験からだけではなく、同種他個体の経験を観察することにより、餌の味と色彩との関連を学習できるとすれば、派手な色彩をもつ被食種個体は、より効率的に捕食を回避できることになり、警告色が進化しやすくなるという論理である。社会学習の種間効果をめぐる、今後の展開について議論したい。


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